東京都大田区で、ごみの不法投棄や騒音といった民泊に関連する苦情が、わずか1年で5倍超に急増したことが報じられた。インバウンド(訪日客)の増加に伴い宿泊需要が高まる一方で、地域住民との摩擦が深刻化していることがうかがわれる。大田区は2026年4月に施設運営のガイドラインを改正しルールを厳格化した。
近隣の民泊の宿泊者が訪日客である場合には、被害後、特に出国後に宿泊者本人へ直接損害賠償等を請求することが事実上困難となるケースも想定される。このような状況で、住民はどのような手段をとり得るのか。福原啓介弁護士に聞いた。
被害に直面した際の初動対応と相談先
近隣の民泊で騒音やごみの不法投棄などの被害に遭った際、どこに連絡・相談するのが最も効果的なのか。福原弁護士は、「『現在発生している被害への緊急対応』と『民泊の運営・管理体制の是正』を分けて考えることが重要です」と指摘する。
福原弁護士:「深夜の大騒ぎや敷地への不法侵入、威嚇行為など、現に事件・事故が発生し、警察官の直ちの臨場が必要な緊急時には110番通報を行います。
緊急性のない相談については、警察相談専用電話『#9110』や最寄りの警察署に相談してください。その際、通報・相談した日時、相談先、相談内容及び対応結果を自分でも記録しておくことが重要です。
同時に、施設の玄関付近に掲示されている標識から、届出番号や緊急連絡先(住宅宿泊管理業者等)を確認し、直接電話で即時対応を求めることも検討し得ます。
標識に記載された運営者・管理者に連絡しても改善しない場合には、大田区保健所生活衛生課など、その施設を所管する自治体の担当部署に相談します。所管部署が分からない場合には、東京都の民泊相談窓口などを利用して確認することも考えられます」
行政や警察へ相談する際は、被害の客観的な証拠をまとめた「被害記録簿」を用意しておくことが極めて重要となる。
施設の所在地、被害発生の日時・継続時間・具体的内容、写真・録音・動画、警察への通報履歴などを時系列で記録しておくことが、後の交渉や法的手続きを円滑に進める上で不可欠であるという。
一方で、福原弁護士は、宿泊者へ直接の注意・抗議は、トラブルや危険に発展するおそれがあるため、原則として避けるのが安全だと警鐘を鳴らす。
福原弁護士:「宿泊者へ直接注意すること自体が直ちに違法になるわけではありません。しかし、言葉が通じないことや、相手が飲酒していることなどから、口論や身体的なトラブルに発展する危険があります。
無断で施設の建物や管理された敷地に立ち入ること、出入口をふさぐこと、相手の身体や所持品に触れること、威圧的な言動をすることは避けるべきです。基本的には、運営者・管理者や警察を介して対応するのが安全です」
運営会社や所有者への対抗策
騒音やごみ問題が日常的に繰り返される場合、民泊の運営会社や建物所有者に対して、より踏み込んだ措置をとることが考えられる。福原弁護士は、段階的な法的対応の選択肢を示す。
福原弁護士:「まず民泊の運営会社や住宅宿泊管理業者に対し、配達証明付き内容証明郵便などの書面で改善を申し入れます。
単に苦情を伝えるだけでなく、被害記録を提示した上で、具体的な再発防止策を求めることが考えられます」
再発防止策としては、多言語での注意事項の説明徹底、深夜・早朝の静穏時間帯の設定、苦情発生時の迅速な現地駆けつけ体制の確立、事業系ごみ回収業者との契約や施錠可能なごみ保管容器の設置などが挙げられる。
建物所有者が運営会社と異なる場合には注意が必要だという。
福原弁護士:「所有者に対しても被害事実を通知し、賃貸借契約上の適正使用義務違反に基づき運営者へ是正を求めるよう催告することも有効です。
もっとも、建物の所有者であるというだけで、当然に近隣住民に対する損害賠償責任を負うわけではありません。所有者自身が民泊の運営に関与していたか、迷惑行為を認識した後にどのような是正権限や具体的義務を有していたか、その不作為と被害との間に因果関係があるかなど、個別の事情によって判断されます」
マンションの場合には、管理組合を通じて是正を求め、共同の利益に反する行為に当たる場合には、区分所有法57条に基づく行為の停止、結果の除去又は予防のための措置を求めることが考えられる。
なお、使用禁止請求や競売請求は、共同生活上の障害が著しく、ほかの方法では除去することが困難な場合などに限られる例外的な手段であり、集会決議と訴訟手続が必要となる。
福原弁護士:「措置を求めても改善が見られない場合は、裁判所に対し、不法行為に基づく損害賠償請求、騒音の差止請求や仮処分の申立てを検討することが考えられます。
裁判で騒音の不法行為責任が認められるかは、音の大きさだけでなく、発生時間帯や頻度などを総合的に考慮し、社会生活上の『受忍限度』を超えているか否かで判断されます」
行政への働きかけと新ガイドラインの注意点
運営会社や所有者が対処しない場合、行政指導や営業許可の取消しといった行政の働きかけを促す手段がある。その際、留意すべき点は何か。
福原弁護士:「行政に対応を求める際は、単に『民泊を取り消してほしい』と訴えるよりも、行政庁が調査や命令を発動できる客観的な資料を整理し、書面で提出することが重要です。
被害記録や近隣住民の署名簿などを保健所等の担当部署へ提出し、立入検査や行政指導を求めます。提出後は担当部署、担当者名、受付年月日を控え、定期的に進捗を確認することが大切です。
もっとも、苦情が寄せられた事実だけで直ちに営業停止、廃止命令又は認定・許可の取消しが行われるわけではありません。どの制度に基づく施設なのかを確認したうえで、具体的な法令・ガイドライン違反の有無、被害の反復継続性、運営者への申入れ後も改善しなかった経緯などを、客観的な資料とともに示すことが重要です」
行政が取り得る措置は、民泊の営業形態によって異なる。住宅宿泊事業法に基づく民泊は届出制であり、「許可の取消し」という制度はないが、法令上、業務改善命令、業務停止命令及び事業廃止命令が定められている。
特区民泊については、必要な措置を命ずることのほか、法定の要件を満たす場合には、業務停止命令又は特定認定の取消しがあり、旅館業法の許可施設では営業停止命令や許可取消しが定められている。
また、大田区では、2026年4月のガイドライン改正により、対象となる特区民泊、住宅宿泊事業及び施設に従事者を常駐させない旅館業施設について、24時間365日の苦情対応や、徒歩でおおむね10分以内に現場へ駆け付けられる体制を整え、担当者を3名以上確保することなどの基準が設けられた。さらに、特区民泊と住宅宿泊事業では、事業系ごみを3日を超えないごとに1回以上回収することとされている。
しかし、福原弁護士は「経過措置」に注意が必要だと指摘する。
福原弁護士:「注意すべきは、既存施設については、駆けつけ体制や苦情窓口に3年間、ごみ回収頻度に1年間の『猶予期間(経過措置)』が設けられている項目がある点です。
既存施設には項目ごとの経過措置が設けられており、営業形態、施設の設置時期及び問題となる項目によって適用時期が異なります。そのため、個別の施設が現時点でどの基準の適用を受けるかについては、所管する自治体に確認する必要があります」
インバウンド需要の回復は喜ばしい面がある一方、大田区の事例は、地域社会との共存という重い課題を突きつけている。事業者のコンプライアンス意識の向上はもとより、行政には被害実態に即した迅速なルール見直しと、実効性のある監督体制の構築が今後ますます求められるだろう。

