「気を確かにもってね!」
うだるような暑さのなか、事業所を出発する私に同僚のヘルパーから声がかかります。
深刻化する地球温暖化の中、「酷暑日」という新しい言葉も生まれ、連日のように熱中症警戒アラートが発令される夏。建設現場などでは暑さ対策や作業ルールの見直しが進められています。
しかし、介護が必要な方の自宅を訪問する私たちヘルパーは今日も「熱中症との闘い」を余儀なくされている実態があります。(ホームヘルパー・藤原るか)
日陰なし…酷暑の中を走るヘルパー
都心部で働く訪問介護ヘルパーの主な移動手段は自転車です。
日差しが容赦なく降り注ぐなか、今年4月に道路交通法が厳格化し自転車も左側通行が徹底されたことで、陰のある場所を選んで走ることも難しくなりました。お日様が真上に来るお昼前後は、電線のわずかな影さえ伝って走りたくなるほどの暑さです。
前日から冷凍庫で凍らせておいたペットボトルを4~5本クーラーボックスに詰め込み、体を冷やしながら次の訪問先へと急ぐ毎日が続きます。夕方にもなればクラクラとするめまいや吐き気といった熱中症の初期症状に襲われることも珍しくありません。
当事者・事業者・研究者などで構成される「ケア社会をつくる会」が昨年実施したアンケート調査(有効回答851件)では、夏場に熱中症の症状を経験したヘルパーは76%に上り、暑さを理由に退職を考えた人も27%に達しました。
ヘルパーの4分の1が65歳以上である現状を考えると、この酷暑の中での移動と労働は、まさに命に関わる危険と隣り合わせだと感じます。
「生きていた?」生存確認し合うクーラー拒否の現場
現場で一番の壁となるのは、介護を受ける方の“暑さに対する認識”です。
一般的に高齢者は加齢により暑さを感じにくく、「電気代がもったいない」「冷えすぎて体がだるくなるからクーラーは嫌い」など、さまざまな理由でエアコンの使用を拒否されるケースが後を絶ちません。
90歳のアイさん(仮名)も、そうした一人。アイさんは半日の尿量がわずか100ccほどしかなく、バルーン(ビニール製の採尿バッグ)に溜めた尿量を記録する必要があります。大人の平均尿量が1日1~2Lであることを考えれば、どれほど危険な状態かがわかるでしょう。
しかし、そんなアイさんの自宅にはクーラーがありません。10年前に亡くなった夫と建てた家を「いじられるのが嫌」とエアコンの取り付けを頑なに拒否され、ケアマネジャーが提案した「夏場だけの施設入所」も一蹴されてしまいました。
私たちヘルパーは、訪問のたびに冷たいタオルでアイさんの全身の汗を拭き、冷凍庫で凍らせた1.5Lのペットボトルを扇風機の前や枕元に置き、保冷剤で体を冷やします。食事もアイさんが好きな味噌汁を具だくさんにして、体を冷やす効果のあるキュウリの漬物やトマトを添えるなど、工夫をしています。
室内はまさに蒸し風呂状態で、ヘルパーも汗だく。エアコンの不使用などで、室内で熱中症となり緊急搬送される事態は頻発しています。データで見ても、熱中症で救急搬送される高齢者の実に46.4%が「住宅等居住場所」で発症しています。
アイさん宅へ訪問するヘルパー同士は、引き継ぎで交代する際、そっと「生きていた?」と互いに聞き合うほど、毎回緊張しているのです。
「暑くて危険だから」ヘルパーを気遣いキャンセルも…
ある日、訪問に出かける直前、事業所から「午後の訪問は、暑くて危険だからと桜田さん(仮名)宅からキャンセルの連絡が入りました」と電話がありました。
連絡をくれた桜田さんは85歳で要介護2。要介護4で92歳になる夫を介護している「老々介護」世帯です。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」のデータによると、同居家族が主な介護を担っている割合は46.1%に上り、中でも介護者と同年代であることが多い「配偶者」が主な介護を担っているケースが最も多く22.5%を占めています。
先週訪問した際に桜田さんは、夫の夜中の頻回なトイレ介助で「朝方30分しか寝ていない」と漏らしていました。本来は連日のヘルパー訪問が欠かせない暮らしぶりと言えます。
それほどの状態にありながら、猛暑の中を自転車で移動するヘルパーの身を案じて、「暑くてかわいそうだから」と訪問をキャンセルしたのでした。
しかし実は、介護報酬制度において、訪問介護は「サービスを提供した回数や時間」に応じて報酬が決まる出来高払い(出来高報酬)なので、利用者が訪問をキャンセルすれば、その分の介護報酬は支払われません。
ヘルパーの賃金や事業所の経営は、利用者の体調変化や気候・天候に左右される極めて不安定な制度の上に成り立っているのです。
クーラーの届かない場所で働く労働者の保障を
同じく暑さで深刻な影響が出ている「建設現場」では、2025年6月の労働安全衛生規則改正により、「1時間に1回の休憩」や「気温に応じた作業調整・中止」など、全事業者の熱中症対策が義務化されました。義務に違反した場合、6月以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金が科せられます。
一方で、訪問介護の事業所には休憩室設置の努力義務すらありません。訪問先はクーラーがない家、あったとしても冷気が届かない台所や風呂場、トイレなどでの作業もあり、ヘルパーの熱中症対策は喫緊の課題です。
それでも現場からの声をもとに国と交渉を続けることで、クーリングベストなどヘルパーの冷却グッズ購入に補助金が組まれるなど、少しずつ改善に動き始めている部分もあります。高齢者の在宅生活を支えるヘルパーの労働環境にもより配慮が行き届き、利用者もヘルパーも安心して過ごせる現場になっていくことを願っています。
■藤原るか
訪問介護事業所のヘルパー。学生時代に障害児の水泳指導ボランティアに参加したことから福祉の仕事に興味を持ち、区役所の福祉事務所でヘルパーとして勤務。介護保険スタートにあわせて退職し、以来訪問ヘルパーとして20年以上活動している。「共に介護を学び合い・励まし合いネットワーク」主宰。

