ドライバーの時間外労働が平均48時間でも、経営会議では「問題なし」…現場の労務リスクを放置した先にある、深刻な経営危機【社労士が解説】

ドライバーの時間外労働が平均48時間でも、経営会議では「問題なし」…現場の労務リスクを放置した先にある、深刻な経営危機【社労士が解説】

働き方改革やハラスメント対策など、企業経営における労務の重要性は多くの経営者が十分に理解しているかと思います。しかし、「労務担当者から報告をもらっても、経営としてどのように判断すればいいかわからない」と悩む経営者も多くいます。また、労務担当者側も労務問題を経営にどのように接続するかの目線を持っていないケースがあります。今回は、金山杏佑子氏の著書『対話でわかる「経営労務」』(中央経済社)より、労務報告が形式化してしまっている企業に起こり得るリスクの種を解説します。

〈登場人物〉

加藤社長:10年前に創業者の父から事業を承継した代表取締役。取引先の要請に応じた事業拡大により、組織運営に課題が生じている。組織的歪みに危機感を覚える一方で、ここを乗り越えれば会社が変わるという思いがある。経営労務に主体的に取り組みたいと考えている

林労務責任者:現場の実情に詳しく、労務の重要性を誰よりも理解している。しかし、それを経営層にわかりやすく伝えられず、さらに経営と労務の距離が開く悪循環に悩んでいる。現場出身で実務には精通しているが、経営視点で労務を扱える機会はこれまで少なかった

田中監査役:経営と現場の橋渡し役。加藤と林の対話が噛み合わない時に理解を促進する

山下顧問:豊富な経営経験を活かし、外部の視点から同社が社会の変化に対応できるよう助言する。MCRIサイクルによる体系的アプローチを導く

慢性的な時間外労働が続く現場…「問題なし」で本当にいいのか?

ヨルベロジスティクス社 経営会議

毎月の経営会議で、労務報告は定例の議題だ。しかし加藤社長は、正直なところ、この時間が少し苦手だった。営業や財務なら具体的に議論できるのに、労務となると「問題ありません」という報告を聞いて「わかりました」と返すしかない。これでいいのだろうか…?

林労務責任者:続いて労務状況の報告をいたします。今月の時間外労働時間は、ドライバーが平均48時間、倉庫スタッフが35時間でした。ドライバーは先月の42時間から増加し、原則の45時間を超える月が続いています。特別条項の範囲内ではありますが、やや高止まりしている状況です。現場は何とか対応できています。

加藤社長:わかりました。繁忙が続いていて、ドライバーの負担も増えているようですが、現場はなんとか回っているということですね。

山下顧問:「特段の問題なし」とのことですが、2024年4月から施行された物流業の時間外労働上限規制、いわゆる「2024年問題」の影響は本当にないのでしょうか? 他社では、ドライバー不足や運賃値上げなど、経営に大きな影響が出ていると聞きます。

加藤社長:林さん、少し教えてください。ドライバーの確保が難しくなっていることや、働き方への社会的な要請が厳しくなっていることは、私も感じています。ただ、それを労務リスクとして、経営としてどう捉え、何を判断すればいいのか…。父の代では現場に任せきりでしたが、私は経営者として把握しておくべきだと考えています。当社の労務リスクについて、林さんはどう見ていますか?

林労務責任者:法改正については現場に周知済みです。現場では今のところ大きな問題は起きていません。

田中監査役:「大きな問題が起きていない」というのは、法令違反が発生していないという意味ですね。一方で、社長が気にしているのは、法改正が当社の事業運営や収益にどう影響するか、という点だと思います。例えば、ドライバーの労働時間規制で配送能力が落ちるとか、採用コストが上がるとか。

田中の言葉に、林ははっとした。労務の問題は現場で解決するものであって、経営層にあまり余計な心配をかけたくない。問題なく回すことが、自分の役割だと思っていた。でも、配送能力や採用コスト、事業運営への影響など、労務は、経営レベルで考えるべきテーマだったのだ。

山下顧問:そうですね。御社のように急拡大した会社では、離職率が上がりやすい傾向があります。今後も採用は続きますよね。労働環境は採用競争力に直結します。単なる法令遵守ではなく、「この会社で働きたい」と思われる環境づくり、そして「辞めたくない」と思われる環境づくりという戦略的な視点で捉える必要があります。

加藤社長:なるほど…正直、労務問題は現場の細かい話だと思っていました。営業数字や資金繰りなら経営判断できるのですが、労務は法律も複雑で、どこまで経営が踏み込むべきなのか…。でも、今の話を聞くと、採用や事業拡大、さらには会社の評判にも関わってくる、経営として目を離せない課題なんですね。林さん、次回までに、法改正が当社の事業にどう影響するのか、経営判断に必要な情報を整理していただけますか?

林労務責任者:承知しました。経営への影響という視点で整理してみます。

労務リスク放置で起こる“深刻な事態”

ヨルベロジスティクス社で起きていた、労務報告が形式的になり、経営判断につながらないという状況は、決してめずらしいことではありません。

多くの経営者は、労務の重要性を理解しています。働き方改革、人的資本経営、ハラスメント防止が企業経営に影響を与えることも認識しています。それでも、「労務担当者からの報告を聞いても、経営としてどう判断すればいいかわからない」というのが実情です。また、労務担当者の側も、経営への接続の目線を持っていません。

その結果、何が起きるのでしょうか。

「まさか、うちの会社が訴えられるなんて…」

ある日突然、数億円単位の損害賠償請求が会社に突きつけられる。長時間労働をめぐる過労死訴訟や、ハラスメントに伴う精神疾患による損害賠償、解雇無効の訴え、安全管理の不備による重大労災。

経営会議で毎月「問題はない」と報告されてきた陰で、企業価値を揺るがすリスクは静かに、しかし確実に膨らんでいた。本来、労務は取締役会で扱うべき経営の重要テーマの1つだ。しかし現実には、その手前の経営会議においてすら、取り扱われることは少ない。営業戦略や財務戦略が闊達に議論される中、労務の話題になると議論の質が一段下がる。実務レベルの細かい質問か、本質的ではない論点に逸れてしまう。

結果として、経営として本来判断すべき意思決定が先送りされ、リスクが放置される。労務担当者は孤立し、経営陣は労務を「コスト」や「面倒な法対応」としか捉えられなくなっていく。このような状況が生まれてしまうのです。

金山 杏佑子

社会保険労務士事務所ヨルベ

代表社会保険労務士

提供元

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