多忙な経営者に伝えたい…労務リスクの大部分をカバーできる「たった3つの労務の本質」【社労士が解説】

多忙な経営者に伝えたい…労務リスクの大部分をカバーできる「たった3つの労務の本質」【社労士が解説】

未払い残業代、ハラスメント問題、雇止めなど、労務のリスクは多岐にわたります。一見複雑に見える労務の知識ですが、経営者が押さえるべき労務の本質は「日本型雇用の制約」「安全配慮義務」「簿外債務リスク」の3つに集約されます。著書『対話でわかる「経営労務」』(中央経済社)より、それぞれのポイントを、社会保険労務士の金山杏佑子氏が解説します。

労務の本質は3つに集約される

労務リスクは多岐にわたり、複雑に見えます。しかし、経営者が押さえるべき労務の本質は、次の3つに集約されます。

(1)日本型雇用の制約の特殊性を理解すること

日本の雇用システムは、世界的に見ても特殊です。終身雇用・年功序列を前提とした日本独自の仕組みは、職務内容を明確に定めず、長期的な育成を前提としています。これは、欧米のように「この仕事をするために雇う」(ジョブ型)のではなく、「人を雇ってから仕事を割り振る」(メンバーシップ型)という考え方です。

この特殊性は、経営の自由度を制約します。業績が悪化したからといって、簡単に解雇はできません。職務が変わっても、事前に定義していなければ、賃金は下げられません。ヨルベロジスティクス社のように急拡大した企業が、情況が変わって人員削減を迫られたとき、欧米なら「この職務がなくなったので解雇」で対応することが、日本では当たり前にはできないのです。

この制約を理解せずに欧米型の成果主義や職務給を導入しても、うまく機能しません。「制度だけ変えても、雇用の前提が違う」、この認識が、労務戦略の出発点です。

(2)安全配慮義務を履行すること

企業は、従業員の生命・身体・健康を守る法的義務を負っています。これを「安全配慮義務」と呼びます。長時間労働による過労死、メンタルヘルス不調、ハラスメントによる精神疾患、これらが発生すれば、企業は安全配慮義務違反として、数千万円から数億円の損害賠償責任を負います。

「残業時間が36協定の範囲内だから大丈夫」では済みません。従業員の健康状態を把握し、必要な措置を講じる。この義務を怠れば、経営責任が問われます。さらに、取締役個人が損害賠償責任を負うこともあります。経営陣には安全配慮義務を果たすための体制整備が求められ、知らなかった、では済まされません。実際に株主代表訴訟で、取締役が個人として数億円の賠償を命じられた事例も存在します。

ヨルベロジスティクス社のドライバーが月48時間の残業を続けている状況も、安全配慮義務の観点から見れば看過することはできません。「年間の特別条項の範囲内」という法令遵守だけでなく、「この労働時間で、従業員の健康は守られているか」という視点が必要です。

(3)簿外債務リスクを制御すること

労務には、貸借対照表に現れない「簿外債務」が潜んでいます。未払残業代や退職金の積立不足、社会保険の加入漏れ、偽装請負発覚による遡及対応。これらは、財務諸表上は見えませんが、法的には確実に存在する債務です。

簿外債務が一度に顕在化すると、企業の財務を直撃します。150名規模の企業でも、半数の従業員に月10時間の未払残業が3年間あれば、数千万円に達します。

決算書を見て「利益が出ている」と思っていても、実は数千万円の債務を抱えている。こうした状況は、決してめずらしくありません

さらに、未払賃金の消滅時効は、将来的に5年に延長されます※1。つまり、簿外債務のリスクは、今後さらに拡大していきます。

※1 法令上は5年ですが、経過措置として「当面の間」3年とされています

この3つは、それぞれ独立しているようで、実は深く関連しています。日本型雇用の制約(1)があるからこそ、安全配慮義務(2)が重くなります※2。簡単に解雇できないのであれば、従業員の健康を長期的に守らなければならない。そして、この2つを怠れば、簿外債務(3)が積み上がっていきます。

逆に言えば、この3つを押さえることで、労務リスクの大部分をカバーできるのです。膨大な労働法規や複雑な制度に圧倒される必要はありません。この3つの本質に立ち返れば、何が重要で、何を優先すべきかが見えてきます。

※2 法的な因果関係を意味するものではなく、経営実務上、相互に関連する論点として捉える必要があるという趣旨です。

出典:『対話でわかる「経営労務」』(中央経済社)より抜粋 [図表]労務の本質3つ 出典:『対話でわかる「経営労務」』(中央経済社)より抜粋

金山 杏佑子

社会保険労務士事務所ヨルベ

代表社会保険労務士

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