「広島豪雨」から12年 “避難勧告”遅れ77人が犠牲…「行政の情報を待っては遅い」専門家が警告するワケ

「広島豪雨」から12年 “避難勧告”遅れ77人が犠牲…「行政の情報を待っては遅い」専門家が警告するワケ

2014年8月20日の未明、広島市の北部で山が崩れた。

雨は前日の夕方から降り出し、夜が更けるにつれて激しさを増した。市の北にある観測点での降水量は、午前4時までの1時間に101ミリ、午前4時半までの3時間では217.5ミリを記録。線状降水帯によって、バケツをひっくり返したような雨が3時間も続いた。

崩れたのは、住宅地のすぐ裏手に迫る山の斜面である。水を含んで重くなった表層の土が一気に谷を滑り落ちて土石流となり、谷の出口にある家々を襲った。土砂災害は同時多発的に166か所(土石流107か所、がけ崩れ59か所)で発生。死者は77人(うち災害関連死3人)にのぼった。当時の未曾有の惨状と、そこから得られた命を守るための教訓を振り返る。(島崎敢(近畿大学教授・安全心理学))

「災害の後」に出された避難勧告

その夜に出された気象情報と起きた出来事を、時系列で見てみよう。

19日の夕方4時すぎに大雨注意報、夜9時半前には大雨警報、日付が変わって20日午前1時15分には土砂災害警戒情報も出された。3時21分には、住民からがけ崩れの通報が入り、3時49分に記録的短時間大雨情報が発表された。

土砂災害が起きたのは午前3時から4時頃と見られているが、最も多くの犠牲者が出た地区に避難勧告が出たのは、4時30分だった。市内で最初に出された勧告も4時15分で、やはり災害の後だった。

広島市は避難勧告の基準に「実効雨量」を採用していた。降った雨から地中に染み込む分を差し引き、どれだけの水が斜面に残っているかを推し量る数字である。午前3時の時点で、この基準を超える地域と超えていない地域が混在し、市は判断がつかず、発令を躊躇したと説明している。

街の成り立ち

土石流の被害を受けた地域はどういう場所だったのか。

北から南へ大きな川が流れ、その西岸に山が迫る。山と川に挟まれた細長い土地に街がある。広島の中心部まで電車で30分ほど、自然が豊かで魅力的なベッドタウンである。

しかし、土地の成り立ちを見ると、この場所の見え方が変わってくる。山側は「扇状地」、川側は「氾濫原」でできている。

扇状地は、山から流れ出した土砂が谷の出口で扇形に積もってできた地形である。氾濫原は、川が繰り返し氾濫して砂や泥を積もらせた平地だ。いずれも、過去に何度も土石流や洪水が起きた証拠である。

なぜここに多くの人が住むようになったのか。1948年の空中写真では、山裾の扇状地はほとんどが林で、居住地は川沿いの平地が中心だった。

転機は1960年代からの高度経済成長だ。都市への人口流入に伴い広島市の人口も20年でおよそ40万人増加。1975年の空中写真では、扇状地の斜面に住宅が並び、山を削った造成の跡も見える。その後、斜面の住宅地化がさらに進み、かつて田だった平地は商業地になっていく。

土地の記憶

この土地で災害が起きたのは、2014年が初めてではない。

江戸時代の記録からは、大規模な洪水が少なくとも4度あったことがわかる。また、1804年には土石流が農業用の用水路を1キロメートルにわたって埋めた記録もある。さらに、1926年9月にも、この一帯で土砂災害が起き、数十名の人が亡くなっている。「山津波」という言葉が使われるようになった契機とされる。

言い伝えもある。戦国時代、山の中腹に現れて人々を苦しめた大蛇を若い武士が退治したという物語が江戸時代の軍記物に載っている。地元には大蛇を供養する碑や祠が残る。明治初期の田植歌にも「大蛇がいるから早く去れ」との一節がある。

各地に残る蛇や龍の伝説は、谷をうねり下り家財を飲み込む土石流の姿を語り継いだものと解釈されることが多い。

被災後、この地区がかつて「蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)」と呼ばれていたと報じられた。先人が地名に残した警告が消されていたという文脈だが、この地名については出典が曖昧で、誤りの可能性も指摘されている。

一方で、伝説には裏付けもある。被災後に、崩れた谷の堆積物の年代を測ったところ、8~9世紀ごろ、16世紀ごろ、20世紀に土石流が起きていたことがわかった。伝説の大蛇退治は16世紀前半の出来事である。砂防ダム建設のための調査でも、2014年に土石流が出なかった谷も含めて、すべての谷から過去の土石流の痕跡が見つかった。

現在の科学的調査のような面的な広がりはないが、物語が谷の出来事を記録していたことは確かなようである。

土砂災害警戒区域に指定される直前だった

行政がこの山の危険を把握していなかったわけではない。

土砂災害の危険箇所には、二つの区分がある。ひとつは地形などから土石流やがけ崩れが起きうると判断された「土砂災害危険箇所」だ。調査して地図にし、公表されるが、行政にそれ以上の行動を義務づけるものではない。

もうひとつは、1999年に同じ広島で発生した「平成11年6月豪雨災害」を機に作られた「土砂災害警戒区域」だ。指定されれば、市町村はハザードマップ配布や、避難体制構築の義務を負い、特に危険な区域では、新たな宅地開発も制限される。

2014年に被災した地域は、「土砂災害危険箇所」に指定されていたが、「警戒区域」の指定は受けていなかった。指定のための現地調査は前年に完了していたが、指定される前に災害が起きてしまったのだ。

指定の遅れは、この地域に限った課題ではない。災害から間もない2015年ごろの時点で、全国の危険箇所のうち約17万か所が未指定だとされていた。調査に費用と時間がかかることに加え、「指定されると地価が下がる」という住民の側の抵抗も根強い。指定はその後大きく進んだが、基礎調査の見直しで対象箇所そのものが増え続けており、いまも指定されていない場所は残っている。

私たちに何ができるか

行政の対応には様々な事情が絡むため、自分の身を守るには、結局のところまず自分で足元のリスクを把握するしかない。市町村のハザードマップを開き、土砂災害の危険箇所や警戒区域と洪水の浸水想定区域を確認する。国土地理院の地図を使えば、傾斜や標高、過去の空中写真も無料で見られる。50年前の姿や地名・伝承を調べることもリスクを知る入口になる。

危ない場所に住むなと言いたいのではない。災害大国の日本でリスクの低い土地は限られている。また、人間関係や生活基盤を捨て安全な場所に引っ越せば済むという簡単な話でもない。大切なのはリスクの把握だ。

特に、大雨による災害は、地震などと違い365日いつでも危険なわけではない。大雨が降る限られた時間にさえ適切な行動をとれば命を守れる可能性が高まる。

いつ動くか

冒頭の時系列を思い出してほしい。大雨注意報が出たのは夕方4時すぎ、大雨警報は夜9時半前、土砂災害警戒情報は午前1時15分。あなたなら土砂災害警戒情報が出た1時15分に避難できただろうか。

外は1時間に80ミリを超える豪雨で、道路は川のようになっていたはずだ。土石流が来ると確信できないまま、深夜に避難するという選択ができただろうか。

行政の避難呼びかけは、危険が差し迫ってからしか出ない。行政は、避難によってかえって混乱が生じるリスクや、空振りに対する苦情など、様々なプレッシャーの中でぎりぎりの判断をしているためだ。つまり、行政の避難情報を待ってから動くのでは遅すぎて、移動自体が大きなリスクとなる場合がある。

先週の千葉県の豪雨も同じだった。8月13日、日中は晴れ間もあった空が夕方から急変し、千葉市では12時間で348ミリ、8月ひと月分の3倍を超える雨が降った。大雨特別警報が出たのは午後7時半、線状降水帯の発生が伝えられたのは午後9時前で、すでに日は落ちていた。避難指示は最大で19市町村、40万人を超えたが、その頃には道路が冠水し、県内で1300台を超える車が動けなくなっていた。

だから、危ない場所に住んでいる自覚があるなら、前日の明るいうちに動くことを勧めたい。

線状降水帯がどこに発生するかを、何日も前から言い当てられるわけではない。最近ようやく半日前の予測が出るようになったばかりである。

しかし「今夜から明日にかけて大雨になる」という程度の予報なら、前の日から出ている。2014年のあの日も、大雨注意報が出たのは前日の夕方4時すぎ、まだ明るい時間だった。夜のうちに大雨になりそうだとわかった日は、暗くなる前に安全な場所へ移る。避難所が開いていなければ、安全な土地にある親戚の家でも頑丈な建物のホテルでもいい。行き先を普段から決めておけば、判断も早くなる。

空振りに終わることのほうが多いかもしれないが、「空振りできるうちに動く」ことこそが、この種の災害に対して個人が取れるほとんど唯一の回避手段だと言っていい。

自分の命に関わる判断を他人に委ねず、自分の身は自分で守る。危険のある場所で暮らすのなら、そういう心構えが必要だということを肝に銘じたい。

※この記事で扱った避難勧告は、2021年に避難指示へ一本化され、現在は使われていない。危険度は5段階の警戒レベルで示されるようになり、土砂災害の危険度を地図上のマス目ごとに色分けする「キキクル」も、5キロメートル四方から1キロメートル四方へと細かくなった。情報の出し方は当時より改善されている。ただし、避難情報が危険の差し迫った段階でしか出ないという性質そのものは変わっていない。この点に留意し、早めの避難を検討してもらいたい。

■島崎敢
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。同大助手、助教、防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学特任准教授、近畿大学准教授を経て、近畿大学教授。元トラックドライバー。全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など、多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者。著書に「心配学〜本当の確率となぜずれる〜」(光文社)等があり、学術的知見を現場へ還元する実践の場として、トラックドライバー応援Podcast「プロフェッショナルドライブ」を配信中。

配信元: 弁護士JP

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