
労務問題の見えないリスクを根本から除去するためには、測定(M)で可視化し、統制(C)で構造を変え、報告(R)で経営判断につなげ、改善(I)で回す「MCRIサイクル」が重要です。そこで今回は、金山杏佑子氏の著書『対話でわかる「経営労務」』(中央経済社)より、このなかからMCRIサイクルの出発点である「M(Measure)」の実践方法について解説します。架空の会社「ヨルベロジスティクス社」の経営会議をもとに見ていきましょう。
〈登場人物〉
加藤社長:10年前に創業者の父から事業を承継した代表取締役。取引先の要請に応じた事業拡大により、組織運営に課題が生じている。組織的歪みに危機感を覚える一方で、ここを乗り越えれば会社が変わるという思いがある。経営労務に主体的に取り組みたいと考えている
林労務責任者:現場の実情に詳しく、労務の重要性を誰よりも理解している。しかし、それを経営層にわかりやすく伝えられず、さらに経営と労務の距離が開く悪循環に悩んでいる。現場出身で実務には精通しているが、経営視点で労務を扱える機会はこれまで少なかった
田中監査役:経営と現場の橋渡し役。加藤と林の対話が噛み合わない時に理解を促進する
山下顧問:豊富な経営経験を活かし、外部の視点から同社が社会の変化に対応できるよう助言する。MCRIサイクルによる体系的アプローチを導く
【EXECUTIVE SUMMARY】
労働時間リスクは、3つの本質すべてに関わる。過労死なら安全配慮義務違反で数千万円の賠償、未払残業なら簿外債務が顕在化、人員不足なら雇用の硬直性(採用にも解雇にも制約がある)で機動的な対応が困難になる。ここでは、36協定、過労死ライン、働き方改革を整理し、「何を測るべきか」という経営判断の重要性を示す。測定はMCRIサイクルの出発点だ。ヨルベロジスティクス社は、5つのコア指標(残業時間、月80時間超え、特別条項、休憩取得、有給取得率)を測ることから始めた。完璧なデータは必要ない。現状把握が第一歩だ。
従業員の労働時間管理を「労務の本質3つ」に照らして整理すると…?
ヨルベロジスティクス社 経営会議
加藤社長:労働時間管理前回、林さんに3つの観点※で報告をお願いしました。労働時間管理について、どう整理できましたか?
※ 労務の3つの本質である(1)日本型雇用の制約の特殊性を理解すること(2)安全配慮義務を履行すること(3)簿外債務リスクを制御すること
林労務責任者:はい。前回の方針に従って、3つの観点で整理しました。
・安全配慮義務:ドライバーの平均残業時間が月48時間、ピーク時には月60時間を超える者が10名います。過労死ラインに近づいており、健康リスクが懸念されます。
・簿外債務:休憩時間が実質的に確保できておらず、未払賃金が年間約500万円発生している可能性があります。
・雇用制約:ドライバーをすぐに採用することは難しく、繁忙期と閑散期の業務量の変動への対応が課題です。
加藤社長:なるほど、3つの観点で整理すると、問題の重要度がよくわかります。ただ、この報告を聞いて、疑問が湧きました。ドライバーは配送の途中で休憩を取れるルールになっていますよね?
林労務責任者:それが、実態としては、休憩時間中に配送先から電話が来て対応していたり、荷物の積み下ろしで休憩が取れなかったりするケースがあります。タイムカードには「休憩1時間」と記録されていても、実際には…
加藤社長:つまり、タイムカードと実態が乖離している可能性がある。それでは、私たちは何を測っているんでしょうか? また、部署によっては「人手が足りないのにどうやって残業を減らせというんですか」という声も聞きます。数値では見えない現場の疲弊感も、気になります。何を測れば、本当の問題が見えるのでしょうか。
労働時間管理でチェックすべき「5つ」の項目
山下顧問:社長の疑問は2つありますね。「何を測るべきか」と「どう正確に測るか」です。
まず、労働時間管理には、最低限チェックすべき指標があります。例えば、この5つから始めてはどうでしょうか。
1.月の総残業時間(部署別、個人別)
2.残業時間が月80時間を超える社員の数
3.36協定の特別条項の発動回数
4.休憩時間の取得状況
5.有給休暇の取得率
田中監査役:完璧なデータは必要ありません。測定していくうちに、「どこに乖離があるか」が見えてきます。
加藤社長:わかりました。林さん、次回の経営会議で、この5つの指標を報告してください。どこに乖離がありそうか、気になる点も合わせてお願いします。
林労務責任者:承知しました。何を測るべきかが明確になりました。
山下顧問:測定(M)が始まれば、次は統制(C)です。結果を見て、どう対策するか。それを経営会議で決めていきましょう。
金山 杏佑子
社会保険労務士事務所ヨルベ
代表社会保険労務士
