クラシックギターでロックも 猪居亜美、初欧州ツアーで得た「境」を越える手応え

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猪居亜美氏提供

 日本で高い知名度を持つアーティストでも、海外では一から評価を築かなければならない。そんな中、クラシックギタリストの猪居亜美は、初のヨーロッパツアーで確かな手応えを得た。クラシックとロックの間を行き来しながら、自分だけの演奏スタイルを築いてきた彼女に、今回のツアーで見えたものを聞いた。

◆音楽一家に生まれ、ユーチューブで切り開いた自分の道
 父も兄もクラシックギタリストという家庭に生まれ、物心ついた時からギターを握っていたという猪居亜美。しかし、その環境に甘えることなく、自分のやりたいことを選び取ってきた。

 自称「魂はロック」という彼女は、クラシック音楽家の家庭で育ちながらロックにハマり、高校ではバンドを組み、エレキギターに持ち替えたこともある。ロックに反対した父の許しを得るため、寝る間も惜しんで練習し、ギター音楽大賞優勝を勝ち取った。

 やがて、自分の楽器はエレキではなくクラシックギターだと悟る。音大に進んだ後も、ユーチューブで自分の世界を発信し続けた。その活動は、やがて彼女のキャリアを大きく動かしていく。

 メジャーデビューは、ユーチューブに目を留めたfontecから声がかかったことで実現した。大阪音楽大学3年生の時だった。

 ユーチューブでの発信は、元メガデスのギタリストで、日本でも幅広く活動するマーティ・フリードマンとの出会いにもつながった。コロナ禍で演奏会の自粛が続いていた時期、フリードマンが毎回2人の若手を招くオンラインプログラム『No Guitar, No Life』を配信しており、ユーチューブで猪居に目を留め、ゲストに招いたという。その番組を企画していた会社moonが、現在は猪居のマネジメントを担っている。

マーティ・フリードマン(右)と猪居亜美|猪居亜美氏提供

 現在、ユーチューブの登録者数は13万人を超える。オンラインで築いてきた彼女の世界は、日本国内にとどまらず海外にも届き、シチリア島で開かれる夏の音楽祭、パレルモ・クラッシカからの招待へとつながった。

◆批判されると思っていたヨーロッパで歓迎された
 猪居の演奏スタイルは、クラシックギターでロックを奏でるという意味で、ジャンルの「境」を越える試みでもある。

 だからこそ、ギターの本場であるヨーロッパでは、「クラシックギターでロックを弾くなんて、伝統を壊している」ととがめられるのではないかという不安もあった。

 しかし、実際に現地へ行ってみると、その予想は大きく裏切られた。

 猪居によると、ヨーロッパでは思っていた以上にクラシック音楽が広く浸透しているわけではなく、「パレルモ・クラッシカ」とクラシックを冠する音楽祭でも、その印象は変わらなかったという。

 むしろ評価されたのは、クラシックの確かな技術を持ちながら、ロックも演奏するという彼女の独自性だった。

 そのことを象徴する出来事が、ドイツ2大音楽専門店の1つであるミュンヘンの百貨店Ludwig Beckでのドイツデビューだ。同店の音楽フロアでは、Ami Inoiの可能性を見いだした責任者たちが、ドイツではまだ知名度の低かった彼女をショーケースに招いた。ジャズのチック・コリアからクラシックのアンネ・ゾフィー・ムターまで、世界のトップアーティストが立った舞台だ。スタッフは自らチラシを配り、公開インタビューとCDサイン会付きのショーケースを実現させた。

ツアー前半のみ同行したパーカッショニストのKanとのデュオ|Beck提供

 「クラシック音楽愛好者が年々減少している中で、あなたのようにクラシックのしっかりした基礎を持ちつつ、新しい風を運んできてくれるアーティストは貴重だ」という、長年音楽産業に身を置く彼らの言葉は、猪居に強い印象を残した。

 とがめられるどころか、行く先々で主催者や聴衆から「また来て弾いてほしい」と声をかけられた。

 猪居は、その瞬間が今回のツアーでいちばん感動したことだったと振り返る。文化の「境」を実際に越えたからこそ得られた発見だった。

◆比較される環境の中で見つけた、自分だけの演奏
 ギタリストの猪居信之を父に持ち、幼い頃から厳しい指導を受けてきた。6歳上の兄もコンクールでたびたび優勝する実力者で、小さい頃はいつも比較されて育ったという。兄がドイツに留学してからは、それぞれの道を歩んでいる感覚が生まれたと振り返る。

 その中で猪居が育んできたのが、クラシックとロックを切り離さずに捉える視点だ。「ロックとクラシックは対極に見られるけれど、ロックミュージシャンもクラシック音楽家から影響を受けている。両方を演奏することで、そのルーツをたどれる」

 大阪音大在学中にメジャーデビューし、大学は首席で卒業。老舗クラシック音楽誌『音楽の友』にも3年弱連載を持った。

 さらにアメリカにも進出し、2022年第39回GFA(Guitar Foundation of America)ギターコンクールで4位に入賞。日本人としては35年ぶりの快挙を果たした。2024年には首都ワシントンに招待され、カウンターテナーの藤木大地氏とも共演している。

 華々しい経歴とは裏腹に、話す姿からは気負いを感じさせない。ただギターに魅せられ、自分の音楽を追い続けるミュージシャンとしてそこにいる。

猪居亜美氏提供

 かつて厳しい師でもあった父は、そんな娘の独自の活動を、今では「よく分からないけど応援している」と見守っているという。

◆ヨーロッパ紀行:パガニーニよりロックに大きな反応
 ヨーロッパツアーは、ローマ到着翌日の国連食料農業機関(FAO)での公演から始まった。

 イタリアでの初公演ということで、大好きなパガニーニやマリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコの楽曲を演奏した。ところが、パガニーニには反応があっても、カステルヌオーヴォ・テデスコは名前すらあまり知られていないようだったという。一方で、ロックの楽曲には大きな反応が返ってきた。

 第2回公演はミラノ近郊の日伊国交160周年記念イベント。翌日はドイツ・ミュンヘンへ移動し、Ludwig Beckでドイツデビューを果たした。第3回公演地のミュンヘンでは、ヘビーメタルへの反応は特によかったという。

 その翌日パレルモに飛び、クローズドコンサートを含む6公演をこなした。

世界遺産セリヌンテ神殿でのコンサート|猪居亜美氏提供

 プログラムには、I.アルベニス『アストゥリアス』、N.パガニーニ『カプリース第24番』、M.カステルヌオーヴォ・テデスコ『悪魔のカプリース』、J.S.バッハ『主よ、人の望みの喜びよ』などを用意した。パレルモではF.タレガ『アルハンブラの思い出』も加えた。

 日本の曲としては、横尾幸弘『さくらの主題による変奏曲』と菅野よう子『花は咲く』を演奏し、着物をイメージした舞台衣装で日本らしさも打ち出した。

 最初の3回の公演では、パーカッショニストのKanとP.ベリナティ『ジョンゴ』、ボン・ジョヴィ『Have a Nice Day』で共演した。ロックでは、クイーン『Don’t Stop Me Now』、ディープ・パープル『Burn』『Smoke on the Water』、ガンズ・アンド・ローゼズ『Sweet Child O’Mine』、エアロスミス『I Don’t Want to Miss a Thing』を、猪居独自のアレンジで披露した。

 ヨーロッパでは、アメリカンロックよりもイギリスのバンドの方が反応が良かったという。現地で実際に演奏したからこそ分かる感覚だった。

◆目指すのは「クラシックギターの可能性を世に伝えること」
 初ヨーロッパツアーを終え、猪居は今後も海外ツアーに出る必要性を実感したという。「クラシックギターはやはり、本場ヨーロッパでの活躍がメインとなって評価される世界」。そう感じたからこそ、心待ちにしてくれている場所にまた帰りたいと話す。

 自身がヨーロッパで活躍するための強みは何かと聞くと、猪居は、クラシックの技術を土台にロックも弾けることだと明言する。ロックの楽曲をアレンジする際も、原曲の響きをクラシックギターでできるだけ忠実に再現することを意識しているという。そうしたアレンジが可能なのも、クラシックの基礎があるからだ。

 今回訪れたイタリア、ドイツに続き、次は本場のスペインに行きたいと話す。『アルハンブラの思い出』の舞台でもあるアルハンブラ宮殿を実際に見てみたいという。さらにフランス、そして自身がカバーしているロックバンドたちの故郷、イギリスも視野に入れている。

猪居亜美氏提供

 ただ、その先にある目標は、単に自身の活動の場を広げることだけではない。

 「もちろん自分の活躍を目指してはいるのだけれど、クラシックギターの可能性を世に伝えたい。『つまらない』『暗い』『クラシックしか弾いちゃいけない』と言われてしまうこの楽器が、実はこんなに楽しいものなんだ、と知らせたい」

 さらに、クラシックギターの音量の限界を超え、より大きな会場で演奏することも目標の1つだという。

 「会場のキャパシティを広げたい。クラシックギターは音の性質上、500人収容の会場が限界なのだが、他の楽器と組むことでそれが可能になる。今は宮本笑里さんとデュオを組み始めたばかりで、自分ではとても相性がいいと思っているので、今はこれに集中して、そのうちに編成を広げていきたい」

 帰国2日後にはすぐにコンサートが始まる多忙な日々を送る猪居。この記事が出た後に、読者に聴いてもらいたい演奏会を挙げてもらった。

 9月8日 御茶ノ水RITTER BASE
 9月17日 池袋西口公園野外劇場 グローバルリングシアター オンコロ

 いつか、世界中でAmi Inoiと言えば、言葉が通じなくても、お気に入りの動画を見せながら盛り上がれるような「境」のない時代が訪れる予感がする。

在外ジャーナリスト協会会員 中東生取材
※本記事は在外ジャーナリスト協会の協力により作成しています。

配信元: NewSphere

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