
穏やかな老後を過ごしていた70代の田中さん夫婦(仮名)。しかし、40代の一人息子がリストラされ、離婚を機に実家へ戻ってきました。失業手当の受給が終わっても再就職が決まらず、生活費や車の買い替えまで親が負担。息子を見捨てられない気持ちと、減り続ける老後資金――。家族再同居の現実と、“支援の線引き”に苦悩する高齢夫婦の姿を、FPの三原由紀氏がお伝えします。
リストラ、離婚、そして帰還――突然の「家族再同居」へ
千葉県内の住宅街に暮らす田中一夫さん(75歳)と妻の洋子さん(74歳)。夫婦で月25万円の年金収入に加え、老後資金は2,800万円ありました。
「私たちも、もう70代半ば。年に2回の旅行とガーデニングを楽しみながら、無理のない暮らしを」と話していた矢先、息子の“帰還”が静かな日常を揺るがしました。
一人息子の正志さん(45歳)からの電話は突然のことでした。
「ちょっと実家に帰らせてもらえないだろうか……」
中堅メーカーで管理職として20年勤めていた正志さんは、業務縮小による早期退職募集の対象となり、「実質リストラだった」といいます。収入の減少と将来への不安が重なり、家庭生活にも影響が出始めました。最終的に話し合いの末、妻と離婚という選択をしたといいます。
退職金の多くは住宅ローンの残債返済に消え、離婚時には妻子がその家に住み続ける形となりました。本来はローンを残したまま妻が引き継ぐケースが多いものの、「娘にだけは住む場所を残したい」との思いから、自ら清算したといいます。その結果、預金もほとんど残らなかったそうです。また、元妻が娘(10歳)の親権を持ち、正志さんには月3万円の養育費支払い義務が残りました。
「家庭を持って安心していたのに、そんなことになっていたなんて。そんな事情を聞いたら放ってはおけませんし、“少しの間だけ”っていうから、部屋を片づけて迎えたんです」と洋子さん。しかしその“少し”が、気づけばもう1年になるといいます。
失業給付が尽きても働かず――「親心」が膨らませた支出
最初の3ヵ月は、正志さんも求人を探していました。しかし40代後半の管理職経験者を求める企業は想像以上に少なく、提示される年収は前職の半分以下。失業給付が切れるころには「資格を取ってから再就職する」といい出し通信講座を申し込みましたが、勉強は進まず、家で過ごす時間が増えました。
「朝10時に起きて、昼前にやっとリビングに降りてくる……」と洋子さんは疲れた声でいいます。
月3万円の養育費は正志さん自身の失業給付から支払っていましたが、給付終了後は完全な無収入。そんな正志さんを親として見捨てられず、支援が続きました。また、3人分になった食費と光熱費で月6万円前後の負担が増えるなど、家計への影響は想像以上。年金25万円ではまかないきれず、定期預金を解約する日々が始まりました。
さらに、思わぬ出費も重なります。一夫さんはそろそろ免許返納を考えていましたが、正志さんの再就職活動や洋子さんの通院送迎のため、「もう古いし、これを機に」と車を買い替えたのです。しかも、息子が使うならと、安全性能の高い新車を選択し、結果的に250万円の出費に。「息子のため」という気持ちが、財布の紐を緩めたといいます。
ペットの支援費も続きました。離婚した際、家族で可愛がっていたトイプードルを元妻と娘のもとに残した正志さんでしたが、月1回の面会時に『せめて犬の世話費用くらいは』と、フード代やトリミング代を現金で手渡し、娘への差し入れも欠かしません。こうした出費が月2万円近くになっていました。
「あの子なりに頑張っているから」と一夫さんは言いますが、洋子さんは「その優しさが、息子の自立を遅らせているのでは......」と胸の内でつぶやいたといいます。
このほか、正志さんを励ますための旅行や家電購入も重なり、1年で取り崩した貯蓄は約500万円。「まさかこんなに減るとは......」と、洋子さんは通帳を見つめてため息を漏らします。
