「過労死ラインまで20時間、未払い賃金1,200万円」…山積みの労務問題を解決へ導くのは「統制の3階層」【社労士が解説】

「過労死ラインまで20時間、未払い賃金1,200万円」…山積みの労務問題を解決へ導くのは「統制の3階層」【社労士が解説】

労務問題の見えないリスクを根本から除去するためには、測定(M)で可視化し、統制(C)で構造を変え、報告(R)で経営判断につなげ、改善(I)で回す「MCRIサイクル」が重要です。金山杏佑子氏の著書『対話でわかる「経営労務」』(中央経済社)より、このなかから今回は、2つ目のステップである「統制(Control)」について解説します。

〈登場人物〉

加藤社長:10年前に創業者の父から事業を承継した代表取締役。取引先の要請に応じた事業拡大により、組織運営に課題が生じている。組織的歪みに危機感を覚える一方で、ここを乗り越えれば会社が変わるという思いがある。経営労務に主体的に取り組みたいと考えている

林労務責任者:現場の実情に詳しく、労務の重要性を誰よりも理解している。しかし、それを経営層にわかりやすく伝えられず、さらに経営と労務の距離が開く悪循環に悩んでいる。現場出身で実務には精通しているが、経営視点で労務を扱える機会はこれまで少なかった

田中監査役:経営と現場の橋渡し役。加藤と林の対話が噛み合わない時に理解を促進する

山下顧問:豊富な経営経験を活かし、外部の視点から同社が社会の変化に対応できるよう助言する。MCRIサイクルによる体系的アプローチを導く

【EXECUTIVE SUMMARY】

測定(M)で現状が見えた。では、どう統制(C)するか。ヨルベロジスティクス社は、年間1,200万円の未払賃金リスク、A地域の人手不足、B地域の人員過剰という課題に直面した。統制の鍵は、制度設計と運用の両面だ。未払賃金は配送スケジュールの見直しで対処。人員配置は、勤務地限定契約という制約の中で、「異動命令」ではなく「成長機会」として提案する。日本型雇用の制約を理解し、経営の意思を現場に浸透させる。それが、統制(C)だ。

A地域では人手不足、B地域では潤沢…地域差が埋まらないワケ

ヨルベロジスティクス社 経営会議

加藤社長:前回の経営会議で、5つの指標※1を測定するよう指示しました。結果はどうでしたか?

※1:5つの指標…月の総残業時間(部署別、個人別)、残業時間が月80時間を超える社員の数、36協定の特別条項の発動回数、休憩時間の取得状況、有給休暇の取得率
 

林労務責任者:はい。測定結果を3つの観点※2で報告します。

※2:労務の3つの本質である①日本型雇用の制約の特殊性を理解すること②安全配慮義務を履行すること③簿外債務リスクを制御すること

【安全配慮義務の観点から】月80時間を超える社員は0名でした。ただし、A地域でピーク時に60時間を超える社員が10名います。いわゆる過労死ラインの目安とされる月80時間まで、あと20時間です。

【簿外債務の観点から】休憩時間の未取得と残業代の単価計算の誤りにより、未払賃金が年間約1,200万円発生している可能性があります。時効は3年です。過去3年分遡ると、3,600万円になります。

【雇用制約の観点から】36協定の特別条項を年5回発動しており、法定の年6回を超えそうです。A地域の人員不足が原因です。

加藤社長:なるほど、測定で現状が見えてきました。1,200万円の未払賃金は深刻だ。3年で3,600万円―当社の年間利益に迫る金額ですね。突然顕在化すれば、資金繰りに影響が出る可能性もあります。特に気になるのは、A地域とB地域で労働時間に大きな差がありますね。A地域は慢性的な人手不足で残業が多く、B地域は比較的余裕がある。単純に人を移せばいいのでは?

林労務責任者:それが難しいのです。B地域の従業員の多くは勤務地限定で採用しています。人が集まりにくい地域で、その条件でないと応募が来ません。

加藤社長:正社員なので配置転換を命じられると理解していましたが、勤務地限定契約なのですね。

田中監査役:日本型雇用では確かに配置転換権は強力ですが、それは雇用契約の内容次第です。最初から勤務地を限定している場合、一方的な異動は契約違反になりかねません。

山下顧問:ただし、これを制約としてだけ捉えるのはもったいないですね。社長、なぜB地域で「転勤なし」という条件が有効だったのでしょうか?

加藤社長:地方では転勤を嫌がる人が多いから…でしょうか?

山下顧問:そうです。日本型雇用の特徴を活かした採用戦略です。解雇が困難な分、「長期雇用による安心感」「地域密着」「丁寧な育成」といった価値を提供できます。

田中監査役:問題は、その結果として生じた人員配置の課題をどう解決するかです。

統制とは何か

測定によって、リスクの「所在」と「規模」が明らかになりました。加藤社長が直面したのは次の問いです。「では、どうするのか?」

・A地域とB地域で労働時間に大きな差がある―単純に人を移せばいいのか?

・未払賃金1,200万円―どう対処すればいいのか?

・過労死ラインまであと20時間―これは、どれくらい深刻なのか?

測定は「現状を知る」ためのステップです。しかし、現状を知っただけでは、リスクは減りません。経営者は、測定結果を踏まえて「判断」し、その判断を「制度」と「運用」に反映させる必要があります。

これが、MCRIサイクルにおける「C(統制:Control)」です。統制とは、経営の意思を、制度と運用に落とし込むことです。経営の意思が現場に伝わり、実際に機能するためには、制度と運用に落とし込む必要があります。

統制は、3つの階層で機能します。

1.制度の設計

就業規則、賃金規程、評価制度など、会社のルールを定めること。

例:「配送中の休憩時間を30分以上取得する」というルールを就業規則に明記する。

2.運用のルール

制度を実際に運用するための具体的な手順やガイドラインを定めること。

例:「休憩時間の取得状況を毎週チェックし、未取得者には上司が声をかける」という運用ルールを定める。

3.日々のマネジメント

現場の管理職が、制度と運用ルールに基づいて、日々の業務を管理すること。

例:営業所長が、ドライバーの勤怠記録を毎日確認し、休憩時間が取れていない場合は配送スケジュールを調整する。

この3つの階層がすべて機能して初めて、「経営の意思」が現場に浸透します。

統制が機能しない場合、当然ですが測定してもリスクは減りません。制度があっても、運用されなければ意味がありません。逆に、運用だけがあっても、制度(ルール)がなければ、属人的な判断に依存し、リスクが蓄積します。

金山 杏佑子

社会保険労務士事務所ヨルベ

代表社会保険労務士

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