山形県新庄市の中学校で1993年、1年の男子生徒が体操用マットに逆さに巻かれ死亡した「マット死事件」を巡って、山形地裁は7月15日、7人の加害生徒のうち賠償金未払いの元同級生3人に遅延損害金を含む計約1億1260万円の支払いを命じた。遺族は請求権の時効成立を防ぐため3度目の提訴に踏み切っていた
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「山形マット死事件損害賠償請求訴訟」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
◆山形マット死事件の加害少年らは、今も罪なき遺族を苦しめ続ける

民事裁判の多くは、突き詰めれば、相手に金銭債務の履行を求める争いである。要するに、何がなんでも相手からお金を奪い取ろうとする闘いにほかならない。
だから被告、つまり債務者側の代理人弁護士は、法廷で冗談半分にこう口にすることがある。
「ウチの依頼者には『手元不如意(てもとふにょい)の抗弁』がありますから」
ざっくり言えば、「裁判を起こしたところで、そちら様にお支払いするカネはありません」という意味だ。むろん、そんな抗弁が通用するはずもなく、ほかに反論がなければ被告はそのまま負ける。
だが、負けた債務者が素直に払うとは限らない。腹いせや債権者への嫌がらせで、あえて払わない者もいるのだ。そうなると、債権者に残された手は一つ。執行裁判所に申し立て、債務者の財産を強制的に売り払って現金化し、そこから回収するのである。
もっとも、これができるのは債務者に財産がある場合に限られる。財産がなければ、給与を差し押さえるほかないが、金額は原則として手取りの4分の1までだ。ましてや、債務者が働いていなければ、それすら叶わない。債権者は往々にして一円も回収できず、多額の裁判費用だけが重くのしかかる「費用倒れ」に終わる。冒頭の代理人が「手元不如意の抗弁」とうそぶくのは、まさにこういった状況を見越してのことなのだ。
こうなると債権者にできるのは、債務者に財産ができるまでひたすら待つことくらいだが、債務者が亡くなってから動くという手もある。相続人が相続放棄さえしなければ、その相続人の財産や給与を差し押さえればいいからだ。ところが、そこにさらなる試練が待ち受ける。せっかく勝訴しても、判決から10年が過ぎると、その債権は消滅時効にかかって消えてしまうのである。防ぐ方法はただ一つ、同じ裁判をもう一度起こすこと。当然、そのたびに、またしても多額の費用がかかってしまうというわけだ。
◆3度目の勝訴を勝ち取ったものの…
今回紹介する事件は、7人の共同不法行為によって命を奪われた被害者の遺族が、その7人に損害賠償を求めたもので、すでに遺族は勝訴している。賠償金は7人の誰が払ってもよく、一人が全額払えば7人全員の債務が消える。ところが、この7人は誰一人として支払おうとせず、めぼしい財産も持っていなかった。遺族は、うち4人の給与こそ差し押さえられたものの、残る3人にはそれすらできない。結果、遺族はこの3人を相手に10年ごとの提訴を強いられ、3度目の勝訴を勝ち取ったのが、今回の判決だ。
幸い、4人の給与を押さえられたことで、気の遠くなる年月はかかるにせよ、賠償額の全額回収も不可能ではなくなった。もちろん、遺族が裁判を重ねる目的はお金だけではない。残る3人にも犯した罪にしっかりと向き合い、一円でもいいから賠償金を払ってほしい──そんな強い思いがあるからだ。遺族はこれからも10年ごとに裁判を繰り返していくのだろう。たとえ、そのために多額の費用を払い続けることになろうとも。
<文/岡口基一>
―[その判決に異議あり!]―
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー

