空間との向き合い方を教えてくれる光と影。

主人公のジェシカは、自身が見聞きした世界とその外側の世界に向き合い、ひとりそぞろ歩き、旅を続けます。その過程で訪れた美術館、立ち止まったのは広い空間にしつらえられた大きなガラス窓の一角でした。彼女の視線の先には、跳ね返った光を受けて現れる影が存在していて、余白や静けさが感じられます。その場をただ静かに観察する姿が、心に残りました。このシーンから得たものは、空間に「何を置くか」というよりも「何を置かないか」ということが大事だということ。空間に何かを詰め込まずとも、光を美しく取り込む余白があるだけで心が満たされる気がして。そんな感覚を、大切にしていたいと思います。
MEMORIA メモリア監督 アピチャッポン・ウィーラセタクン
監督の実体験に着想を得た、記憶を巡る旅の物語。コロンビアで暮らすジェシカは、ある日突然不穏な「爆発音」が耳に響き、以来その音に悩まされ、不眠症になる。音の正体に向き合いながら周囲の人間と「記憶」について語り合ううちに、やがて特別な感覚に出合う。Memoria / 2021 / Columbia, Thailand, France, Germany, Mexico, Qatar / 136min.
空間を観察することで、必要なものが見えてくる。
アートディレクターという職業柄、撮影や空間づくりの現場で「場」を築くことが仕事のひとつです。状況や目的に応じて、必要なものと不必要なものを瞬時に見極めることも求められている役割。プライベートでも、空間をしつらえることには意識的だと思います。そういった様々な経験や試行錯誤を経て、もてなしのためだけではなく、自分が心地よくいられる「しつらえ」をささやかにでも大切にしたいと考えるようになりました。映画はその向き合い方を学ぶきっかけを与えてくれる、鏡のような存在です。
「しつらえ」=「飾ること」という印象もあるかもしれません。一方で、足さないことで立ち現れる美しさにも目を向けてみたいと思います。まずは全体を俯瞰し、 家具がない空間を想像します。そうすると、光の入り方や風の流れなど、住居を取り巻く環境の特徴に気づきます。そのうえで、現状を観察。いちばん必要な要素を想像すると、自ずと選び取るべきものが見えてくる。必要なものは、自分のペースで少しずつ足していくことも、豊かな時間だと感じています。
映画はスタイルだけでなく、考え方のヒントも教えてくれます。美しいしつらえに心惹かれるとき、その背後にある価値観に思いを巡らせ、暮らしにどう生かすかを考えることで、感覚が耕されていくのだと思います。
新保美沙子〈smbetsmb〉アートディレクター
デザインユニット〈smbetsmb〉として、新保慶太とともにアートディレクション・デザインを手がける。ビジュアルメイキングの視点から、ブランド、プロジェクトに意味を与える総合的なデザインを行う。
illustration : Shigeo Okada text : Seika Yajima
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BEAUTIFUL THINGS / 美しい、ということ。&Premium No. 143
洗練された大人が選ぶのは、心がときめく「美しいもの」や「美しいこと」、そして自分らしい美しい生き方ではないでしょうか。いまの時代、効率や成果が大切にされる一方で、夕陽の輝きに見とれたり、花のひらく姿に心を澄ませるといった感覚が、少しだけ後回しにされているようにも感じます。けれど「美しい」と感じる心こそが、私たちの日々を本当に豊かにしてくれるのだとは思います。この一冊では、住まい、装いや日用品などのもの選び、ふるまいや言葉、そして生き方にいたるまで、Better Life の礎となる「美しい」を見つめ直すためのヒントを探ってみたいと思います。
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