夫婦の信頼が完全に崩れた瞬間
「また騙されたって…今度は500万円?あなた、一体何を考えているの!」
恵子さんの声は震えていました。大場さんが二度目の被害を打ち明けた夜、二人の間には絶望的な沈黙が流れました。
「俺だって騙されたんだ。お金を取り戻そうと思って……」
「取り戻そうって、なぜまた私に相談しなかったの? 最初の時に約束したじゃない、もう一人で決めないって」
恵子さんの目には涙が浮かんでいました。
「やっと信頼関係を修復しかけていたのに……もう信じられない。退職金を受け取ったのはあなただけれど、夫婦で40年近く協力し合ったからこそだと私は思ってた。でも、あなたは自分だけのものだと思っていたから、そんな勝手ができたのね」
恵子さんはそう言い残し、家を出て行きました。
大場さんは一人、がらんとした家に残され、自分が失ったものの大きさを痛感していました。失ったお金は、1度目の600万円と2度目の500万円、合計1,100万円。しかし、本当に失ったのは、お金以上に、人生で最も大切なものだったのです。
お金で失った「お金より大切なもの」を取り戻すために
大場さんの悲惨な体験から学べる重要な教訓をまとめました。
• 退職金は夫婦共有の財産:長年の結婚生活で築いた共同資産として認識し、重要な投資判断は必ず配偶者と相談する
• 「元本保証」「高利回り」に潜む罠:仕組債などの複雑な金融商品は、理解できないものには投資しない原則を徹底する
• 二次被害の典型パターンを知る:「被害回復できます」「損失を取り戻せます」という勧誘は99%詐欺。弁護士費用や証拠金の前払い要求は即座に断る
• 感情的な投資判断の危険性:「取り戻したい」という焦りや「もっと増やしたい」という欲望が冷静な判断力を奪い、さらなる損失を招くことを認識する
• 家族の信頼関係の価値:お金は取り戻せても、一度失った信頼関係の修復には長い時間と努力が必要。二度目の裏切りは致命的と心得る
• 投資は家族プロジェクト:資産運用は個人の判断ではなく、家族全体で取り組む共同事業として位置づける
• 詐欺被害の連鎖を断つ:一度被害に遭うと、次々と狙われる可能性が高い。不審な電話や勧誘には一切応じず、家族や消費生活センター(188)に相談する
• リスク許容度の正しい把握:自分の年齢、資産状況、家族構成を考慮し、身の丈に合った投資を心がける
「妻と過ごすはずだった老後を取り戻したい」――。大場さんの後悔は尽きません。投資の失敗、そして詐欺被害を経て改めて気づいたのは、“守るべきものはお金ではなく、人とのつながり”だったといいます。
退職金という人生最後の大きな資産を守るためには、金融知識はもちろんのこと、家族とのコミュニケーションと信頼関係が重要です。一人での判断は危険であり、特に損失を被った後の「取り戻したい」という気持ちにつけ込む二次被害に注意が必要です。
大場さんのように、「取り戻せないもの」に気づいたとき、人はようやく本当の意味で“老後のリスク”を理解するのかもしれません。お金より大切なものを失わないために。焦らず、一人で決めず、冷静に生きる知恵を持ちたいものです。
ファイナンシャルプランナー
青山創星
