「競馬で町を経営する」ビジネスモデル
ここまで見てきた安平町の「競馬モデル」は、経営学的に見てもユニークで強固だ。
まず、垂直統合構造である。大手競走馬関連企業は、生産(牧場)、育成(調教)、医療(ホースクリニック)、販売(馬市場)を自らのグループで完結させている。サプライチェーンを内包することで、利益の外部流出を抑え、地域に収益を留める仕組みだ。
次に、ブランド資産の収益化も目を見張る。血統ブランドは、配合料や子馬の販売価格を高額化する要因となり、企業の競争優位を生む。形式的には知財権ではないが、ブランドやノウハウは実質的に知財として機能しており、これが収益を生み出している。
さらに、希少性を活かした市場戦略がある。競走馬の生産は数を増やせないため、質と血統が価値を左右する。安平町はこの需給ギャップを巧みに利用し、ニッチ市場で圧倒的な存在感を示しているのだ。
最後に、雇用の創出と、町への経済波及効果である。安平町は人口わずか7,000人ほどの小さな町ながら、牧場スタッフや獣医、調教師、輸送業者など多様な雇用が創出され、町内の宿泊・飲食業にも需要が広がる。
競馬産業は単独で成り立つのではなく、地域全体を巻き込みながら経済を循環させているのだ。
「競馬モデル」の裏に潜むリスク
もっとも、このモデルには課題も潜む。
第一に、依存リスク。平均所得を押し上げるのは一部の高額納税者であり、競馬市場の停滞や血統人気の低下が直撃すれば、町の税収や経済基盤は大きく揺らぐだろう。
第二に、格差の拡大だ。競馬関係者と一般住民の所得差、さらには地価の上昇が、地域内で分断を生むリスクがある。
第三に、持続性の不安。血統ブランドの維持には時間と投資が必要であり、専門人材(獣医や調教師)の不足も慢性的な課題となり得る。
このように、強力なモデルであっても、外的変動に脆弱な面を持つことは否めない。
