◆救世主の一声と、沸き起こる爆笑!?
「あの席に行かなければと思うと、足がすくんでしまうほどの状態でした。そのお客さまに水を要求されたので注ごうとしたんですが、恐怖心から手が震えてしまって……。手にしていた水のボトルをテーブルに落としてしまったんです。水はテーブルを伝ってお客様のスラックスを濡らしてしまいました」老人は烈火のごとく激怒した。飯田さんは頭を下げて謝ったが、それでも怒りは収まらない。
「何度も頭を下げたんですが、怒りは収まらず、『土下座しろ!」と言われました。あまりの剣幕だったので、そうするしかないと思って膝をつこうとした時でした。近くの席にいた老婦人に『水がこぼれたぐらいでそんなことしなくていいよ』と声をかけられたんです」
老婦人は老人に、「あなたみたいなのがいるとね、せっかくのお料理が不味くなるの。黙るか、出ていくかどっちかにしなさいな」と告げた。
「例の老人は老婦人を睨んでいましたが、老婦人は頑として視線を逸らさないので、何も言えなくなっていました。そんな緊迫した状況で、いきなり笑い声が響いたんです。声がした先を見ると、奥さんと思われる女性がゲラゲラと大笑いしていました」
◆尻尾を巻いて店を飛び出した老人の肖像とは
女性は老人が叱られているのがおかしくてしょうがないという感じで笑い続けた。「そうしたら、その男性の顔が真っ赤になって取り乱し始めたんです。女性に笑われたことにひどく狼狽しているようでした」
老人はイライラした様子で席を立つと、料理がまだ残されているのも構わずに店から出ていった。残された女性はというと、それは優雅に一人でメニューを完食し、そのまま上機嫌で会計をして帰ったという。
「夫婦だとしても、どのようなパワーバランスの関係なのか、謎が謎を呼ぶ展開でしたね。老婦人が毅然とした態度でかばってくださったことと、恐怖よりも印象が強いミステリーのおかげで、アルバイトが嫌にならずに済みました。
今銀行で働いてて思うのは、会社員として多少の出世をしたようなタイプの男性は、リタイア後のタチが悪い割合が高いこと。推測に過ぎませんが、あの老人もその手合いだったのかもしれませんね」
音楽やらの趣味が時代遅れでも好き好きでしかないが、振る舞い方が時代錯誤では誰も肩を持ってはくれないどころか、笑い者にされても致し方あるまいや。
<TEXT/和泉太郎>
【和泉太郎】
込み入った話や怖い体験談を収集しているサラリーマンライター。趣味はドキュメンタリー番組を観ることと仏像フィギュア集め

