
親子が離れて暮らすうちに、親と他人が親しくなり、身内同然の付き合いになる――。そんなケースは決して稀なことではありません。その中で、金銭の問題が発生するケースも考えられます。そこで今回は、高齢の母親と離れて暮らす息子の事例から、親子の話し合いの重要性をCFPの松田聡子氏が解説します。
久々の帰省…母の隣に座る「見知らぬ女性」
関東の地方都市に住む西村潤子さん(仮名・80歳)は、夫に先立たれてから一人暮らしをしていました。年金は月10万円、貯蓄は3,000万円ほど。一人息子の智之さん(仮名・55歳)は都内で暮らしており、年に一度帰省するかしないかという関係でした。
ある日、智之さんが久しぶりに実家を訪れたときのこと。居間で母が見知らぬ女性とお茶を飲んでいました。「渡辺さん」という智之さんと同年代の女性で、数年前に近所に引っ越してきて以来、買い物や通院の付き添いなど、何かと世話を焼いてくれる友人だということでした。
その夜の夕食の席で、潤子さんからこう切り出されました。
「智之、渡辺さんには本当にお世話になってるの。だから、遺言で私が死んだら100万円くらい残せるようにしたいと思ってるんだけど」
母親の突然の言葉に、智之さんは思わず箸を置きました。
「ちょっと待ってよ、お母さん。それはおかしいでしょ。赤の他人に遺産を渡すなんて。俺、一人っ子なんだよ?」
「でも、渡辺さんがいなかったら、私、生活できなかったわよ。智之は忙しいから、仕方がないけど」
確かに、この数年、智之さんはほとんど実家には帰っていません。でも、それと遺産は別の話だと思いました。
「とにかく、それはダメ」
智之さんがキッパリいうと、潤子さんは少し寂しそうな顔をして、静かにこう言いました。
「わかったわ。遺言には書かない。でも、その代わり、渡辺さんに何かしてもらったら、その都度お礼をする。私の気持ちだから、そのぐらいはいいわよね?」
智之さんは「お礼程度なら」と了承し、翌日には東京に戻ったのです。
母が死去…通帳から消えた700万円の行方
その後も、智之さんは潤子さんと疎遠でした。交際していた女性が老いた母親との関わりを嫌がっていたこともあり、以前よりもいっそう実家とは距離を置くようになっていたのです。
とはいえ、高齢の母の様子がまったく気にならないわけではありません。毎年年始の1回、電話だけはかけていました。その時には、「週に2、3回、渡辺さんが買い物や通院に付き添ってくれ、話し相手にもなってくれるから大丈夫」と潤子さんから聞いていた智之さん。お礼の話は特に出ませんでした。
智之さんはやがて交際していた女性と破局。それからしばらくして、潤子さんは85歳で静かに息を引き取りました。
智之さんが潤子さんの通帳を見たのは、葬儀が終わった後のことでした。貯金残高は約2,000万円。母の生前、最後に確認したときには3,000万円ほどあったはずが、1,000万円も減っています。
過去の取引履歴を見ても、生活費の出金は月10万円から15万円程度。年金が10万円なので、不足分は年間60万円程度、5年で300万円ほどです。つまり、残りの700万円がどこかに消えてしまったことになります。
「母さんが使ったのか? いや、大きなものを買った形跡はない。まさか……」
智之さんの脳裏に、渡辺さんの顔が浮かびました。葬儀にも来てくれて挨拶とこれまでのお礼は伝えましたが、それ以上の話はしていません。しかし、以前「都度お金を渡す」と言っていた母の言葉。けれども、通帳には明確な記録はなく、確証はつかめません。
