近年、ウェルビーイングという言葉をよく耳にするようになった。実は、新しくつくられたものではないという。
「言葉自体は、1940年代からあるといわれています。WHO(世界保健機関)が設立されたのが1948年で、この時、『健康』とは『病気でない、弱っていないということではなく、肉体的、精神的、社会的に満たされた状態(Well-being)にあること』だと説明されたのです。当時はまだ『健康』という概念も一般的ではありませんでした」
日本ではいつ頃から「ウェルビーイング」という言葉が広まり始めたのだろうか。
「2021年ですね。コロナ禍で個人や社会がどうあるべきかを見つめ直したのだと思います。どう生きていきたいのか、豊かさや幸せとは何か、本質に立ち返ろうという風潮だったのでしょう」

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「自己肯定感を高めましょう」は日本人に合っていない?
「よい状態」を明確に定義することは難しい。
「豊かさや幸せと同様に一人ひとり異なり、『こうすればよい状態をつくれる』と提示できるものではありません。また、時代や社会が変われば、ウェルビーイングのありようも変化します」
国によっても違いがあると指摘する。
「何においても和を重んじるのが日本の特徴ですよね。『自分が』と主張するより、謙遜が美徳とされる社会です。昨今よく『自己肯定感を高めましょう』といわれますが、日本では『自分なんてまだまだです』という『自己否定感』のほうがむしろ強い。自分を否定するだけだと悲しい気持ちになるものの、そこで『和』が機能して『そんなことありませんよ』と否定してくれる周りの人がいます。それで『恐縮です』と答えるまでが一連の流れ。自分で自分を肯定するというアメリカ的なあり方は日本人にあまり合いません。無理に自己肯定感を高めるより、自己否定した時にそれを否定してくれる友人、知人がいるかどうかが重要なのではないでしょうか。日本では、そういう和を大事にするウェルビーイングがあると思います」
では、自分で「よい状態」をつくるにはどうすればいいのだろうか。石川氏は、ウェルビーイングには大きく2種類あると語る。
「土台として、『客観的ウェルビーイング』があります。健康・教育・収入です。睡眠や食事などを含む体調管理や、興味の有無にかかわらず学ぶこと、ライフプランの設計。そのうえに、『主観的ウェルビーイング』があります。たとえば、過去1週間のスケジュールを振り返ってどのくらい満足していますか、ということです」
忙しくても休んでいても、胸を張って「満足」とはなかなかいえないかもしれない。
「おすすめしたいのが、『ポジティブスケジューリング』。毎週あるいは毎日、何か楽しみな予定をつくる。自分がちょっと嬉しくなるようなことは何だろうかと考えて、予定を入れてみるのです」
石川氏は、人生に「Well-doing」と「Well-being」の時間があると考えている。
「明確な目標に基づき、役割や責任を果たす『doing(する)』の時間と、特に目標なく過ごす『being(いる)』の時間です。大人になると、『do』を軸に生活や仕事、人間関係が回るけれど、子供やシニアは『be』ですよね。子供に『普段何をされているんですか』なんて聞かないですし、子供たちは一緒に『いる』から仲良くなる。コロナを機に、大人たちが『do』ばかりの毎日でいいのだろうかと省みたのです。『do』を重視すると、何者かでなければならない。何者かである自分と何者でもない自分、両方あったほうが豊かだと気づいたのでしょう。こうした同時に複数の顔を持つ状態を、『健全な多重人格』といいます」
物事の始まりと終わりの時間を決めると充実感につながりやすい
限られた時間をどう切り分けるか。時間の使い方はポジティブ、ネガティブ、ニュートラルの三つに分かれるという。
「人により異なりますが、一般的にポジティブは、友達と会うとか学ぶといった時間。ネガティブな時間は、人類全体の傾向でいうと減ってきています。たとえば昔は洗濯に何時間もかかりましたが、洗濯機の登場で大幅に減少しました。こうしたつらい時間が減った分、ポジティブではなく、ニュートラルな時間が増えた。これに位置付けられることが多いのが、テレビやスマホを見ている時間です。ニュートラルな時間が増えても、ウェルビーイングにはあまり結びつきません」
どうすれば、「満足」につながるのだろうか。
「始まりと終わりの時間を決めると、充実感を得やすいですね。睡眠も、就寝と起床時間が毎日決まっているほうが脳によいのです」
日本の幸福度と健康寿命のランキングの推移

日本の幸福度と健康寿命のランキングを見ると、健康寿命はトップクラスだが、幸福度は高くない。
「人生の長さについては、世界一確信を持てる国です。ところがこの調査は、その長い人生があまり充実していない、将来にも希望を持ちにくいことを示しています。日本の問題は主観的ウェルビーイングにあるのです。主観とは結局、自分がどうしたいか。さまざまある選択肢の中から自己決定すること。一つでも二つでも、日々の生活に可能性を見いだしてほしいですね」
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