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公園が「売り物」に…財政難を隠れ蓑に、都心一等地の公共資産が「タワマン」へと変わる、不穏な再開発の最前線【建築エコノミストが解説】

公園が「売り物」に…財政難を隠れ蓑に、都心一等地の公共資産が「タワマン」へと変わる、不穏な再開発の最前線【建築エコノミストが解説】

「地方創生」が叫ばれて10年。しかし、この間に日本の総人口は273万人減少し、東京圏には逆に約100万人が集中しました。皮肉なことに、その東京こそが全国で最も出生率の低いエリアの一つでもあります。この10年の政策はなにをもたらしたのでしょうか。本記事では、森山高至氏の著書『ファスト化する日本建築』(扶桑社)より、人口動態のデータから「東京一極集中」と「少子化」の根深い関係を読み解くとともに、都心部で進む公園再開発という、もう一つの課題を指摘します。

10年で“消えた”273万人、“移った”100万人

2040年までに自治体の半数が消滅…衝撃を与えた「増田リポート」

自然景観の峻烈さと、自然災害の被害を乗り越えながら進んできた我が国の歴史であるが、そのときの復旧・復興に欠かせない人材の枯渇は、今、致命的ともいえる状況である。

地方創生が掲げられた当時、元総務相の増田寛也氏を座長とする民間の有識者グループ日本創成会議が、「2040年までに日本の自治体の半数(896市町村)が消滅する」という衝撃的な独自推計を発表した。これは通称「増田リポート」と呼ばれ各界に大きな衝撃を与えた。

危機感をおぼえた安倍政権は「まち・ひと・しごと創生法」を制定し、2060年に1億人の人口を確保するべしとの中長期展望を発表、そして、2015年度から2019年度までの5年間を目処として第1期まち・ひと・しごと創生総合戦略を閣議決定する。

そこで、少子化と東京一極集中を止め、人口減少を克服することを目指した。そのときに策定した4つの基本目標があるのだが、「稼ぐ地域をつくる。地方への新しい人の流れをつくる。若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえる。人が集う魅力的な地域をつくる。」の4つであった。

具体的な目標値としては、合計特殊出生率の1.8への引き上げ、1都3県(東京都、千葉県、埼玉県、神奈川県)エリアからの人口の転出入均衡を目指す、というものであった。

この国の政策を元に各自治体は「地方人口ビジョン」、「地方版総合戦略」を策定し、それぞれの市町村で転入人数の数だとか、地域生産品の量だとかふるさと納税額の数などの具体的な数値目標(KPI)を掲げることを義務化するという念の入れようで、当時の政府の並々ならぬ決意がうかがわれる。

結果はどうであったというと、2014年からの10年間で我が国の人口は、1億2708万人から1億2435万人へ273万人も減少した。

この273万人という数字は鳥取県、島根県、高知県、徳島県の4県を合わせた人口に匹敵する。亡くなった人と生まれた人の差が273万人というわけで、増えたほうの人々は10年では未だ小児に過ぎず、実質的な社会活動可能な就労可能人口で考えれば、実感としてはもっと多くの人が地域から消えてしまっているというのが正確なところであろう。

もうひとつの大きな施策「東京圏への一極集中の是正」のほうはどうであったろうか。一極集中の是正でいえば、この10年間で98万1000人増えているのである。

日本全体で273万人が減り、東京圏では100万人近く増えているということは、全体での人口減にさらに輪をかけて富山県くらいの規模の人口が東京圏に転入しているのである。

「地方への新しい人の流れをつくる」とは?

目標値1.8の出生率のほうは、この10年で1.42から1.20まで下落している。2023年の出生数は72万7277人であり、これは前年比4万3482人減ということで、統計が始まった明治32年から見ても過去最低の数字なのである。

ちなみに明治32年の我が国の人口は、当時はまだ統計に上らない人々もいる前提で、約4500万人であり、出生者は140万人弱である。つまり現在の全国の人口の3分の1でありながら出生数は現在の倍あったわけである。この明治32年の1899年から1995年までの90年以上は、日本のほぼ全域で人口の増加が起こっている。

2000年前後から地方での人口減少が始まり、2010年以降は東京圏以外のほぼすべての地域で人口の減少が急激に進んでいる(東京圏以外で人口推移が減少ではなく現状維持か微増しているのは大阪、愛知、福岡の三府県だけである)。

つまり、この10年間の施策はまったく効果がなかったばかりか、さらなる東京圏への一極集中のみが起こっているのが実情なのである。

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