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通勤定期サラリーマンはコロナ禍前の8割しか戻らず…。鉄道会社が、割引客より儲かる「インバウンド・国内旅行シフト」を加速させる必然

通勤定期サラリーマンはコロナ禍前の8割しか戻らず…。鉄道会社が、割引客より儲かる「インバウンド・国内旅行シフト」を加速させる必然

コロナ禍が明け、多くの企業がリアル勤務への回帰を促していますが、通勤定期の利用者数はいまだコロナ前の8割程度。この「失われた2割」の存在は、私たちの働き方と住まいの関係が、根本から変わったことを示唆しています。本記事では、牧野知弘氏による著書『不動産の教室 富裕層の視点が身につく25問』(大和書房)より、働き方が変わったいま、郊外で地価が急騰する「選ばれる街」と、そうでない街をわけるものはなにか、探っていきます。

コロナ禍を経て、リアル勤務回帰。脱リモートがある程度進むも…

コロナ禍が落ち着きをみせるにしたがって街中に人の姿が戻ってきました。インバウンドの盛況もあってか、観光地などは人で溢れかえっています。さらに、オフィスにも人が戻ってきました。コロナ禍で多くのワーカーがリモートワークに切り替え、オンライン会議が普通の会議体として認められるようになりましたが、現在では多くの企業で従業員に対して、以前のリアル勤務に戻るよう促しています。

とはいえ、世の中が完全にリアル勤務に戻ったのかと言えばそういうわけではありません。国土交通省による都市鉄道の混雑率調査結果(2023年度)によれば、東京、大阪、名古屋における主要鉄道の混雑率はコロナ禍前に戻りつつあることがわかります。ところが、コロナ前の2019年度のデータと比較すると、東京で27ポイント、大阪で11ポイント、名古屋でも9ポイントの差があります。ほぼ通常勤務に戻った状態であるにもかかわらず、リアル勤務に完全に戻ったわけではなさそうです。

首都圏の代表的な鉄道会社である小田急電鉄の決算説明資料をみてみましょう。コロナ前の2019年度の通勤定期利用者数は34万9361人。コロナ禍で通勤を見合わせる人が増えた2021年度でその数は25万7710人まで落ち込みます。そしてアフターコロナともいえる2023年度の数値をみると28万1953人。コロナ前の8割の水準にとどまっています。通勤定期収入も2019年度に比べて85%までにしか回復していません。

このデータは、何を意味しているでしょうか。

長きにわたって続いたコロナ禍で、あらためてリアルで働くことの重要性が認識されました。その一方で、業種や職種によってはリアルで働く必要はなく、自宅やコワーキング施設などを利用したリモートワークで十分職務を遂行できることがわかったということです。

現在、鉄道会社は通勤客が完全に戻ることを期待するよりも、新たな顧客層の開拓に余念がありません。それは、アフターコロナによって急激に回復し始めた国内旅行客やインバウンドです。小田急電鉄では沿線に江の島や箱根湯本といった観光地を抱えています。片瀬江ノ島駅の1日平均乗降客数は2023年度で1万9067人と2019年度(1万9828人)の水準にほぼ戻すことに成功しています。また通勤客は通勤定期で運賃が割引されますが観光客は一部フリー切符があるものの実収が高い効果もあります。

今後リモートワークは社会の中でどうやら着実に一定の割合を保ちそうです。そしてこの先、若者の減少がワーカーの数を確実に減らすことになります。鉄道会社の通勤客を主体としてきた戦略にも、大きな変化が起こることが想定されるのです。

出所:国土交通省 [図表1]鉄道混雑率 出所:国土交通省 出所:小田急電鉄 [図表2]小田急電鉄の通勤定期利用者数と通勤定期利用額 出所:小田急電鉄

息を吹き返す周辺県、郊外衛星都市

リモートワークを中心とした働き方が認知されるようになったことは、それまで「都心居住一点張り」だったワーカーの意識にも大きな影響を与えています。

「小田急電鉄の通勤定期利用者数がコロナ前の8割の水準にある」ということは、「8割に戻った」という見方があるいっぽうで、「2割は通勤定期を必要としなくなった」と読み替えることができます。完全にリモートワークになったわけではありませんが、少なくとも通勤定期を購入することに旨みがなくなった人が多くなったともいえます。

このことの社会的インパクトは、大変大きなものがあります。東京都が実施しているテレワーク実施率調査によれば、2024年3月で、調査対象企業のうち43.4%が実施していると回答しており、その比率は1年間でほぼ変わらない、つまり定着した感があります。特に従業員数が300人以上の大企業になると実施率は66.7%に跳ね上がります。大企業ほど働き方には柔軟な姿勢をみせているのです。

さらに注目されるのが、リモートワークを実施していると回答した企業の45.6%が、週3日以上実施しているとしています。こうした環境変化を背景に、もっと不動産価格が安い郊外に住もうという動きが顕在化しています。毎日であれば負担になっても週3日程度であれば、通勤時間が多少かかってもよい、子育てにも環境の良い郊外を選択する動きにつながっています。

ただ郊外であればどこでもよいかというとそうではありません。子育て政策が充実しているとされる千葉県の流山市や船橋市は、子育てファミリーに人気を博し、2024年地価公示では地価が大幅に上昇した街に数えられるようになりました。また、地方都市でも、札幌市や福岡市郊外の住宅地の地価は対前年比で10%から中には20%を超える急騰を見せたエリアまで出現しています。居住環境の良さに注目して神奈川県の湘南エリアにある藤沢市や茅ヶ崎市などの地価も上昇しています。

そのいっぽうで、同じ郊外エリアにあっても主要鉄道駅から遠く、住宅だけが軒を連ねるかつてのニュータウンなどでは過疎化が進む街も多く、郊外も完全な二極化の様相を見せ始めています。アフターコロナで選ばれる街は、なんらかのキャラクターを持つ街です。

キャラクターとはくまモンのようなものを指すというよりも、自然環境のみならず施設の充実度、子育て支援など政策の中身、コミュニティの充実度、特産物の存在など多岐にわたっています。趣味嗜好の多様化によって、ようやく住む場所にもこだわりを持つようになってきたのもアフターコロナの特徴なのです。

不動産事業プロデューサー

牧野 知弘

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