
相続について、元気なうちは他人事で深く考えない人も多いでしょう。しかし、突然の病気や事故はいつ起こるかわかりません。特に、子のいない夫婦は事前に対策をしていないと、相続トラブルに発展するケースが後を絶たないようです。夫が急逝した49歳女性の事例をもとに、子のいない夫婦特有の相続リスクと、元気なうちに考えておきたい「生前対策」のポイントをみていきましょう。株式会社FAMOREの山原美起子CFPが解説します。
気づけば相続人だらけ…「子のいない夫婦」特有の相続リスク
子のいない夫婦の場合、夫婦のどちらかが亡くなったら自宅は誰のものになるでしょうか。「当然、残された配偶者のものだろう」と考えていませんか? しかし、それは大きな勘違いです。
子がいる場合、相続人は配偶者と子に限られます。しかし、子がいない場合は配偶者に加えて故人の両親、両親が亡くなっている場合は兄弟姉妹(さらに、兄弟姉妹が亡くなっていれば甥や姪)までが法定相続人となるのです。
義理の親族と財産を分け合う“義務”がある
特に「相続割合」には注意しなければなりません。子どもがいない場合、配偶者の法定相続分は、故人の両親が存命なら3分の2、兄弟姉妹が相続人となる場合は4分の3となります。つまり、残された配偶者は、原則「義理の親族」と財産を分け合う必要があるのです。
このとき、もっとも問題になりやすいのが自宅(不動産)です。たとえば夫が先に亡くなり、主な遺産が自宅しかない場合、妻が住み続けるには他の相続人が本来受け取るはずの相続分を「代償金」として支払う必要があります。
もし代償金を準備できなければ自宅を売却して現金化するよう要求され、最悪の場合、住み慣れた自宅を手放さなければなりません。
もちろん、子をもつ夫婦の場合(配偶者と子が相続人になる場合)でも同様の問題は起こり得ます。しかし、実子であれば「親から家を取り上げるような事態は避けよう」といった配慮が働くケースが多いのに対し、義理の間柄ではそういった感情的な配慮が期待できないケースも少なくありません。
49歳の百合子さん(仮名)も、義母からの“冷たい仕打ち”に不安と戸惑いを隠せない様子です――。
娘ヅラしないで…自宅を奪おうとする冷たい義母に、妻絶望
「娘ヅラしないでちょうだい。腹が立つ」
――義母のこのひと言は、百合子さん(仮名・49歳)の胸を鋭く突き刺しました。
6歳年下の夫・和志さん(仮名・享年43歳)がくも膜下出血で急逝。悲しみに暮れるなか、なんとか葬儀を終えて相続手続きを進めていたさなか、義母・久美さん(仮名・69歳)は吐き捨てるように言いました。
「この家は私たちが相続します。もし住みたいならそれ相応の現金を払うか、出ていくか選んでちょうだい。まあ、出ていくほうが簡単だと思うけど」
その言葉に、百合子さんも黙っているわけにはいきません。
「ここは夫との思い出が詰まった大切な場所です。どうか取り上げないでください。お願いします」
百合子さんはこう訴えますが、久美さんは冷たいまなざしを崩しません。
「……はあ。娘ヅラしないでちょうだい? 腹が立つ。子どもができなかったのはあなたのせいでしょう? あなたは“他人”なんですから、息子の家を渡すわけにはいきません」
実は、息子夫婦に子どもができることを長年待ち望んでいた久美さん。子どもができなかったのは年上の嫁・百合子さんのせいだと思い込み、心の奥で憎しみを募らせていたのです。息子の死をきっかけに、その感情が爆発してしまったようでした。
絶望した百合子さんでしたが、思い出の詰まった家を簡単に渡すわけにはいかないと、反撃に打って出ます。友人の紹介を受けて弁護士に相談。義父も交え、改めて話し合いの場が設けることにしたのです。
義父が“救世主”に…「相続放棄」で百合子さんの自宅は守られることに
体調を崩して長く療養していたために、義母の様子を知らなかった義父・清志さん(仮名・72歳)。その席で義母の“暴走”を初めて知り、激怒しました。
「気づいてあげられなくて申し訳なかった」と百合子さんに深く謝罪したうえで、こう言いました。
「夫婦で力を合わせて築いた家を私たちに取り上げる権利などない。相続放棄するから安心しなさい」
「ありがとうございます……」
百合子さんは胸をなで下ろすと同時に、相続についてなにも知らなかったことで、自分がいかに危うい立場に立たされていたかを痛感したのでした。
