◆これまでのあらすじ
恋人同士の正輝(30)と萌香(27)は、ついに正輝からのプロポーズを経て婚約。しかしその裏で萌香は、男友達と2人で飲みに行きキスした事実を隠していた。
萌香がそんなことをしてしまったキッカケは、性別を超えた正輝の親友・莉乃(30)の存在。莉乃と正輝の関係を快く思わない萌香は、もう莉乃と会わないよう正輝に約束させたものの、「束縛しすぎかも…」という懸念から男女の友情を実感するため男友達と飲みに行ってみたのだ。
しかしその様子は偶然にも莉乃に目撃されていて…。
▶前回:彼氏の実家に初訪問。向かう途中の車内で、男が言い出したとんでもない要望とは
Vol.12 <正輝>
螺旋階段を上ったその先に、莉乃はいた。
「おす、久しぶり。ここまで何で来たの?」
「シェアサイクル。正輝は?」
「タクシー。寝坊しちゃって」
「はあ、あいかわらずだね〜」
馴染みのピザ店『聖林館』で特別な挨拶も抜きのまま雑談を交わしていると、まるでつい最近も梨乃には会っていたかのように錯覚してしまう。
だけど、実際に会うのは、ほとんど4ヶ月ぶりだ。
最後に莉乃に会ったのは、4人で食事をしたあの夜が最後だ。8月の最初の頃で、その頃はみんな夏服だった。
今日の莉乃はニットを着ていて、もうすぐそこに冬が迫っていることを感じさせた。
「なんか、30すぎると時間ってほんと早く過ぎるよなぁ」
「何、急に。おじいちゃんじゃん」
思いついたままの言葉を、そのまま吐き出してもかまわない相手との時間に、久々に気持ちがゆるむ。
それは同時に、どれだけ莉乃と疎遠になっていたのか、その不在を確認することになった。
「乾杯〜」
掛け声と共に合わせたグラスの中身は、ジンジャエールだ。
莉乃とここに来るといつも注文するのは、ナポリピッツァとビールだった。だけど、今日はどちらからともなく2人ともジンジャエールを頼むことになった。
莉乃がどうしてソフトドリンクを注文したのかはわからない。単純に、このあと仕事があるのかもしれない。
だけど、俺がアルコールを頼まなかったのは、せめてもの萌香への誠実さのつもりだった。
辛口のウィルキンソンジンジャエールを舐めながら、ゆっくりと思い出す。
昨日の信号待ちの間の、萌香とのやりとりを。
「え、なに?本当に、なんかやましいことがあるの?」
きっと、ものすごく情けない表情をしていたのだろう。
助手席の萌香にそう言われた時、俺は腹を括ることしかできなかった。
萌香には、嘘をつくことができない。
「いや、やましいってわけじゃないんだけどさ…一度だけ、莉乃とお茶だけしてきてもいい?明日の昼」
本当であれば、昨日のうちに萌香に伝えるべきだったのかもしれない。
だけど、何かあった時のために会って話しておきたかったのだ。昨日、俺の方から莉乃にLINEをしたということを。
「いや…。この前うちの親と食事して、じゃあ本格的に婚約ですねーってなった時に、確認したの覚えてる?
周りの友達とかにも、結婚決まったってこと伝えていいかな?って。それで昨日、莉乃にもLINEしたんだよね。そしたら、明日お茶しないって誘われて…」
もともと俺と莉乃が会うことを萌香が嫌がったのは、「莉乃にヤキモチを妬いてしまうから」という理由だったのだ。
こうしてプロポーズも成功し、親も公認の婚約者になった今、さすがに萌香も不安に思う気持ちは払拭できたんじゃないかと思う。
現に、この前までエスカレート気味だったデートの激詰めや鬼LINEは、婚約をしてからはめっきり落ち着きを見せていた。
LINEや電話は俺からしたらやっぱり多いけれど、内容は不安の「ふ」の字もなく、ごくごく可愛らしい「好き」とかのやりとりでしかない。
だけど、赤信号の車内に走るこの緊張感は、一体何なのだろう?
自分でもわからない。もしかしたら、「婚約したことを伝えてもいい周りの友達」には、莉乃は入っていない可能性はないだろうか?
― 俺、もしかしてやらかしてるかな?やっぱり会うのはダメだったか?
知らず知らずのうちに萌香に疎外感を感じさせてしまうという痛い目を一度見た俺は、「萌香も一緒に」と言っていいのかどうかもわからなかった。
― 萌香的には、ダメなのかな。きっと莉乃のことだから、「お祝いの言葉くらい会って伝えたい」と思ってくれたんだと思うけど…。
諦めて言葉を撤回しようとした、その時だった。
ハンドルを見つめていた俺の耳に、萌香の声が聞こえたのだ。
「あ、ごめんボーっとしてた。もちろんいいよ!お茶もいいけど、ランチでもしてきたら?」
「…え?」
「ほら、信号青だよっ。ご実家に着くのが遅れたら大変!」
「あ、うん」
― よかった。やっぱり、もう大丈夫なんだ。
ホッとした気持ちで、車を走らせる。だけど、どうしても確信が持てなかった俺は、念のためにもう一度萌香に尋ねた。
「あの…。明日、本当に莉乃とランチしてきてもいいの?萌香が嫌だったら行かないけど」
こわごわと尋ねる俺の顔を見て、萌香がおかしそうに笑う。
「うん、大丈夫だよ。私たちもう結婚するんだし、いつまでもヤキモチなんて妬いてられないもん。
お邪魔じゃなければ私も行きたかったけど、明日ヘアサロンに行くんだよね。莉乃さんにいっぱい、私たちの幸せ自慢してきて」
そう言うと萌香は、鼻歌でも歌い出しそうな様子で薬指のリングを陽の光にかざすのだった。
― やっぱり、ちゃんと安心させてあげられたら大丈夫なんだ。
今更ながら姉貴のアドバイスに感心した俺は、気分よく実家への道を飛ばした。
そして、密かに誓ったのだ。
萌香の言葉に甘えて、明日は莉乃に久しぶりに会う。
だけど───もう二度と、萌香を不安にさせてはいけない。
いつにも増して気を引き締めて、誤解を招くような行動は慎もう、と。
◆
というわけで俺は今、ジンジャエールを飲んでいる。
世間的には、男女は2人でお酒を飲まない方がいい。ランチでもあることだし、ノンアルコールでサクッと話をして帰ることを決めて、莉乃と約束をしておいた。
「話がある」と言ってお茶に誘ってきた莉乃だったけれど、やはり予想は当たっていたらしい。
「正輝、結婚おめでとう!これだけはどうしても会って言いたくて」
ジンジャエールを片手に莉乃が言ってくれたのは、純粋なお祝いの言葉だったのだ。
やっぱりな。と、心の中で納得する。
こういう妙に義理堅いところがお互いによく似ているから、莉乃と俺は男女を超えた親友になったのだから。
「それで、ホテルに頼んでバラのオプションを…」
「キャーーー!正輝がバラの花束!!」
「指輪は一緒に選びに行くものだと思ってたんだけど、萌香はパカッとされたい派だったから、寝てる間に指のサイズを測って…」
「うんうん、すごい。しかもハリーでしょ?正解、正解!」
「親父も母さんも食事の席でずっとソワソワしちゃって、変な敬語で…」
「ああ〜わかるなぁ。おじちゃまよりもおばちゃまの方が、意外と緊張しいなんだよね。おじちゃまはデレデレだったでしょ」
「昨日は姉貴が、自分もお腹大きいくせに萌香に一瞬も席を立たせなくて…」
「ねえ!今思ったんだけど、マリちゃんと萌香ちゃんって、ちょっと共通する感じあるよね?」
4ヶ月ぶりの話は尽きない。
萌香とのノロケや婚約の話だけにとどまらず、家族の話、会社の話、趣味や最近美味いと思ったレストランの話まで、莉乃にはどんな球を投げても思い通りの返事が返ってくるのが楽しかった。
だけど、さっきも思わずこぼしてしまった通り、30を過ぎるとどうしてこんなに時間がすぎるのが早いのだろう。
時刻は13時をすぎていて、ランチが始まってからすでに90分の時間が過ぎていた。人気のピザ店で席を占領するのも申し訳ないし、萌香のヘアサロンは多分もうすぐ終わるはずだ。
莉乃に久しぶりに会う日だからこそ、美容院の後は萌香と一緒にいてあげたい。そう思って、今日のランチはあらかじめ、13時までという約束になっているのだ。
「ああ、そろそろ時間だ。俺、行かないと」
「本当だ!確かに、時間過ぎるの早いわ」
「莉乃もおばあちゃんだな」
「同い年だからね。正輝がおじいちゃんなら、そうなるね」
あいかわらずのしょうもない軽口で笑い合う時間が、名残惜しかった。
莉乃のほうも、きっと同じ気持ちだったのかもしれない。じゃあね、と言いかけた莉乃はふと表情を曇らせ、意外なことを言い出したのだ。
「ごめん、正輝…。あと、5分だけいいかな」
「ああ、うん。もちろん。どうした?」
伝票を持ってすでに腰を浮かせていた俺は、莉乃が見せたこの場に不釣り合いな表情に少しの戸惑いを覚え、もう一度椅子に座り直す。
すると莉乃は、ゆっくりとカバンから1枚の封筒を取り出して、つぶやくのだった。
「実は今日正輝に来てもらったのは、この話をしたくて…」
▶前回:彼氏の実家に初訪問。向かう途中の車内で、男が言い出したとんでもない要望とは
▶1話目はこちら:「彼氏がいるけど、親友の男友達と飲みに行く」30歳女のこの行動はOK?
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精一杯の萌香への配慮をしながら、久々の莉乃との再会を楽しんだ正輝。そんな正輝に莉乃が持ち出した話とは

