◆「誰が平日にMLBを見られるのか」問題

ますます高まる日本国内のMLB人気を象徴する出来事ではあるものの、試合中継が行われるのは日本時間の午前中である。いったい誰が試合を見ているのか、日本人の「働き方」の変化という観点を交えて考えてみたい。
日本でのMLB中継は、野茂英雄が先発投手としてメジャーリーグで活躍しはじめた’90年代半ばからNHK BSを中心に行われるようになった。続く’00年代のイチロー、松井秀喜の活躍でさらに定着、’18年に大谷翔平がロサンゼルス・エンジェルスに移籍してからは大谷がその主役となった。
これまでMLB中継は日本時間の午前中に行われるため、主な視聴者はリタイア世代であると考えられてきた。ところが最近のSNSを観測していると、今は現役世代も視聴者として可視化され始めているようである(匿名で感想や実況を投稿している人が多いが、他の時間帯には仕事のことを書いていたりもする)。
この仮説を検証することも兼ねて、私は今回、XのライブストリーミングやYouTube Liveで「試合中継を観ながら(中継の音が入らないように)自分が雑談しつつ実況中継する」という配信を何度か行ってみた。
日本時間10月15日(水)午前に行われたナショナル・リーグ チャンピオンシップシリーズ ドジャース対ブリュワーズ戦(山本由伸が先発、大谷も1番指名打者で出場)の際の配信では、平日午前にもかかわらず約1,000人ものユーザーに鑑賞された。なお当然ながら、私の配信を観たところで試合の映像が視聴できるわけではなく、私のSNSフォロワーもインフルエンサーを自称できるほど多いわけでもないので、この数字はかなりナゾではある。
平日午前にもかかわらずMLBの中継を見るために集まる人々とは、いったい何者なのか。私自身は、「体育会系」的な働き方でもなければ、余暇を大切にする働き方でもなく「労働のなかに余暇を入れ込んでいる」人々が増えているのではないかと見込んでいる。
◆平日午前のワーキングタイムに大谷翔平を見守ってしまう人々
ここ10年、日本社会は「働き方改革」を大きく進めてきた。労働時間の短縮に加え、コロナ禍以降は大企業でもリモートワークが普及した。一方で、実業界では日本経済の低迷に対する危機感も強まっており、10月4日に自民党の新総裁に選出された高市早苗は就任あいさつで「ワークライフバランスを捨てます」「働いて働いて働きます」と述べ、議論を巻き起こした。高市早苗的な「働いて働いて働く」発言の背景には、ここ10年の働き方改革の潮流のなかで、「でも、やっぱりそれじゃダメだ」「会社を、日本を成長させよう」と意気込む層の存在が想定できる。いわば「24時間戦えますか」な昭和的企業戦士の後裔、「体育会系」的働き方の現代版ともいえる。
一方、この対極に位置づけられるのが、仕事とはある程度距離を置いて余暇を楽しむ働き方である。例えば’24年に出版界の話題をさらった文芸評論家・三宅香帆氏の著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は「読書と労働」の近代史を紐解きながら、これまでの日本的な働き方=「全身全霊」ではなく、仕事をしつつも終業後にカフェで本を読む=「半身で働く」ことを説く。いわば「文化系」的なライフスタイルを実現可能な社会にしようというメッセージは大きな反響を巻き起こした(同書は新書大賞2025で大賞を受賞、30万部を突破)。
このように、「高市早苗的な体育会系」と「三宅香帆的な文化系」を’25年現在の国内における主要な「働き方」の潮流とするなら、平日MLBを観戦していたり、副音声的に配信者の実況を流す余裕のある現役世代とはいったい何者なのだろうか。
最近のSNSでは「風呂キャンセル界隈(風呂キャン界隈)」というミームが流行している。あまりに忙しかったり、生活の雑事をやるモチベーションが湧かずに、夜の入浴やシャワーを回避してしまう人たちのことだ。このネットミームに倣って、平日午前のワーキングタイムに大谷翔平の活躍を見守ってしまう人々を仮に「平日MLB層」と呼んでみることにしよう。

