◆「平日MLB層」とは、労働のなかに余暇を入れ込む人々である
おそらく「平日MLB層」は、私のようなフリーランス、主婦(主夫)、学生、無職、ギグワーカーなども少なくないだろうが、おそらく「家でリモートワークができる会社員」が多いはずである(私の平日昼間の配信を見たと自己申告してきた人の中にも会社員がいた)。彼ら彼女らは、在宅勤務の象徴的ツールであるSlackの緑ランプ(社内チャットアプリの“オンライン中”を示す表示)はとりあえず光らせているだろう。しかし平日午前から高市早苗的な「働いて働いて働く」を実践しているわけではなく、MLBの中継や配信者の実況などをラジオ的に流している。彼ら彼女らは、リモートワークが可能になった令和の時代における、昭和的“サボリーマン”の後裔である。
彼ら彼女らは、昨今特にZ世代のあいだで浸透していると言われる「静かなる退職(Quiet Quitting=仕事にやりがいを求めず最低限だけ行い、精神的にはすでに退職している状態)」や、「FIRE(Financial Independence Retire Early=若いうちに大金を稼ぎ出して投資などに回し、早めにリタイアすること)」といった価値観とは若干異なる方向性を持っているように思われる。
「平日MLB層」は大谷翔平のように「目標に向かって頑張る」ことを決して否定はしないはずだ。他方で「静かなる退職」や「FIRE」のように労働を忌避し、労働から退出しようとしているわけでもない。むしろ労働と余暇を切り分けず、労働のなかに(ときに会社には言わずに)余暇を入れ込むことで、長期的にはパフォーマンスを保つ人たちである。
平日午前にMLB中継を観ている現役世代が確実に存在しており、それはSNSやライブ配信によって“見える化”されつつある。「高市早苗的な“働いて働いて働く”」と「三宅香帆的な“半身で働く”」のあいだに、「仕事中にMLBを観る」ようなグラデーション的生活がある。
「平日MLB層」は、“意識高い系”でも“労働と距離感を保つ”でもない、第三の道を指し示している。労働と余暇の境界をぼかすことで、自分のペースで生産性と幸福を両立しようとする人々である。こうした人々の存在をまず認識することが、昨今の働き方改革議論を血の通ったものにする第一歩なのではないだろうか。
【中野慧】
編集者・ライター。1986年、神奈川県生まれ。一橋大学社会学部社会学科卒、同大学院社会学研究科修士課程中退。批評誌「PLANETS」編集部、株式会社LIG広報を経て独立。2025年3月に初の著書となる『文化系のための野球入門 「野球部はクソ」を解剖する』(光文社新書)を刊行。現在は「Tarzan」などで身体・文化に関する取材を行いつつ、企業PRにも携わる。クラブチームExodus Baseball Club代表。

