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「警察へ行ったらお前の将来はない」「1人で解決しろ」カスハラ被害を上司が放置…精神疾患で労災9級認定 遺族が会社を提訴

「警察へ行ったらお前の将来はない」「1人で解決しろ」カスハラ被害を上司が放置…精神疾患で労災9級認定 遺族が会社を提訴

農業機械販売会社の従業員だった男性が、顧客からの激しいカスタマーハラスメント(カスハラ)に遭い、精神疾患を発症して労災9級の後遺症認定を受けた――。

会社側が組織的な対応を怠り、男性1人に対応を押し付け続けた結果、その男性は精神障害に苦しみ、2024年2月に72歳で他界。

遺族が10月23日、会社の注意義務違反を理由に、宇都宮地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起した。

車内で2時間罵倒、退職届を強要

訴状などによると、被害者の藤田和明さん(当時55歳)は、1974年にエム・エス・ケー農業機械株式会社に入社。2006年からは栃木営業所の所長を務めていた。

同社は三菱商事のグループ会社で、総取扱高約249億円、従業員500人以上の全国規模の企業だ。

2006年10月、藤田さんと取引先の男性顧客との間でトラブルが発生。ビニールハウスの建築や井戸掘り工事をめぐり、納品時間が1時間半早かったことに激昂され、その後も見積もり内容で執拗に責め立てられたという。

事態が急変したのは同年10月27日。男性顧客とその関係者の女性は、藤田さんに工事の見積額を巡り「家・土地を担保に入れるか、退職届か」と迫り、藤田さんの直属の上司の居る、関東支店まで連れて行こうとした。

この時、藤田さんは上司の支店長に助けを求める電話をしたが、会社からは何の対応もなかったという。

関東支店に向かう道中、男性顧客から「戻ってこい」「後ろから車で突っ込んでやる」と脅され、男性顧客の関係者女性が運転する車が追い越し車線に強引に割り込んで急停止。藤田さんは腕をつかまれて男性顧客らの車に乗せられ、部下は帰社させられた。

その後、2時間にわたり、狭い車内で藤田さんは男性顧客とその関係者女性から執拗な罵倒を受け続けた。

関東支店に到着後、本社施設部長が関係者女性に土下座して謝罪。支店長と藤田さんも謝罪したが、関係者女性の怒りは収まらず、「退職届を書くまで何日もここに居座る」と迫り続けたという。

午後5時頃から夜9時頃まで、この状態が続いた結果、藤田さんは退職届を書かざるを得なくなった。

上司「警察へ行ったらお前の将来はない」

10月30日に、藤田さんが警察に相談しようとすると、支店長は「何馬鹿なことを言っている。警察へ行ったらお前の将来はないぞ」と制止。「明日、男性顧客のところに謝罪に行くように」と藤田さんに指示した。

これに対し、藤田さんは「1人では行けない」と言うと、「奥さんと一緒に行け」と指示したという。

この時、支店長は「○○という女(男性顧客の関係者女性)はただ者ではない」と述べ、危険性を認識していながら、藤田さんに1人で対応させ続けた。

2006年10月31日、藤田さんは妻の深雪さんとともに男性顧客宅を訪問。すると関係者女性が深雪さんに掴みかかった。

深雪さんが関東支店に連絡すると、支店長は「刃物でも持っているのか?」と返答したのみで、警察を呼ぶことも、応援の人員を出すこともなく、関係者女性、男性顧客両氏の対応を藤田さん夫婦に押し付けた。

最終的に、藤田さんは泣きながら土下座して謝罪し、深雪さんも一緒に土下座させられた。

その後も男性顧客は「1500万円を貸せ」と要求。藤田さんが断ると「ただでは済まない」と脅迫を受けたという。

この件について藤田さんが報告しても、支店長は「(男性顧客に)借金がいくらあるか調べろ」などと指示するのみだった。

さらに、11月8日には支店長から「誰も連れて行くな、お前ひとりでやれ」「警察や弁護士に相談するな、お前の将来はない」と命じられ、11月17日にも「そんな話は聞きたくない、1人で解決しろ」「営業所の所員を誰も連れて行くな」と突き放された。

労災で9級認定「精神障害では珍しい例、症状の重さ示す」

藤田さんは同年11月22日から休職。11月24日に「心因反応」、25日には「心因反応、抑うつ状態で2か月の療養を要する」と診断された。

しかし、その後も藤田さんの症状は回復せず、2008年5月に宇都宮労働基準監督署は休業補償給付の支給を決定。

労基署の判断の基礎となった医学的意見書では、顧客からの心理的負荷の強度が「強」と評価され、さらに「上司・会社からの支援・関与に欠けている事実が認められる」として、総合的に「業務による強い心理的負荷」と判断された。

その後、2023年1月、藤田さんは大腸がんが判明し入院。通院が困難になったため、同月29日付けで症状固定と判断された。

宇都宮労基署は適応障害、心因反応について、抑うつ気分、対人恐怖症、不眠や不安焦燥を認め、症状が繰り返しているとして、後遺症第9級の認定がなされた。

労災の後遺症等級は1級から14級まであり、1級は両目失明など最も重い障害、14級は軽度の後遺症を指す。

代理人の小倉崇徳(おぐら・たかのり)弁護士は「精神障害で9級が認定されるのは、珍しい例で、それだけ藤田さんの症状が重いことを示している」と説明する。

そして、藤田さんは先述した通り2024年2月1日、がんのため死亡した。

「人柱のような扱いを受けた」

提訴後に都内で会見を開いた深雪さんは、藤田さんが生前「『あとは任せろ、心配しないでゆっくり休め』と誰かたった一人でも言ってくれたら、どんなに楽に眠れるかわからない」などと漏らしていたことを明かした。

「夫は、休業補償給付支給請求書の、災害の原因及び発生状況の欄に『人柱のような扱いを受けた』と書いていました。

今回、損害賠償訴訟を提起したのは、夫が受けた被害の責任を明確にし、会社にその責任を果たさせるためです。

カスハラが社会問題化する現代において、企業の意識を根本的に変える一歩となることを強く望みます」

「内容を検討し適切に対応してまいりたい」

原告側は会社側に対し、本来、使用者側には労働者の心身の健康を損なわないよう注意する義務があるにもかかわらず、顧客トラブルの発生後、不当な要求を把握しておきながら、藤田さんを1人で対応させ、責任者が対応することもなかったと主張。慰謝料や後遺症逸失利益の支払いを求めている。

一方会社側は原告側との交渉段階で「10年以上の月日が経過しているうえ、顧客トラブルと注意義務違反の相当因果関係を認めることは困難」として慰謝料等の支払いを拒否。

しかし、原告側代理人の大久保修一弁護士は次のように訴える。

「今回の事件は、改正前の旧民法が適用される事例です。旧民法の中では、損害賠償請求権に関して、被害者が『損害及び加害者を知った時』から、3年間行使しないときに時効によって消滅すると定めていました。

しかし、本件提訴は藤田さんの症状固定日である2023年1月29日から3年以内であり、時効は消滅していないというのがわれわれの考えです」

なお、エム・エス・ケー農業機械株式会社の担当者は弁護士JPニュース編集部の取材に応じ以下のようにコメントした。

「現時点では当社に訴状が届いておりませんので、訴状を受領次第、内容を検討し適切に対応してまいりたいと思います」

配信元: 弁護士JP

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