
近年、「サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)」や有料老人ホームをはじめとした「高齢者施設」の利用が広がる一方、金銭トラブルに遭う人も増えているようです。低料金を想定して入居したものの、気づけば支出が膨らみ、生活が圧迫されるケースが少なくありません。70代男性の事例をもとに、高齢者施設に潜む金銭的リスクと注意点をみていきましょう。※個人の特定を避けるため、登場人物の情報など一部を変更しています。
年金月17万円の父が選んだ“良心的”なサ高住
八木英二さん(仮名・79歳)は、数年前に長年連れ添った妻を亡くしました。以来、年金月17万円の範囲内でひとり穏やかに暮らしています。
年金に加えて約1,000万円の貯金もあり、金銭的な不安はない八木さん。ただ、特にここ数年で体の動きが鈍くなってきたと感じることが増えました。最近では階段の上り下りや買い物袋を持つのも一苦労です。
そこで介護認定を申請したところ「要支援1」と判定されました。
そんな父の様子を心配していたのが、息子の清司さん(仮名・50歳)です。休日のたびに実家へ顔を出しては、「父さん、そろそろ施設も考えたら?」と優しく声をかけてきます。
最初は「まだ早い」と拒んでいた英二さんでしたが、介護認定の件以降、真剣に悩むように。
数週間後、意を決した八木さんは息子に相談。一緒に近隣の高齢者施設を調べてみることにしました。
インターネットで検索したところ、自宅から車で30分ほどの距離に「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」を見つけました。Webサイトには「低料金で安心の暮らし」という文言が大きく掲げられ、その下には明るい食堂や笑顔のスタッフの写真が並んでいます。
料金表を確認すると、家賃や共益費、基本サービス料を合わせても月額15万円前後と記載されています。これなら、八木さんの年金17万円の範囲で生活できそうです。
「安くて自立した生活ができるなら、理想的だな」
そう感じた八木さんは、見学後すぐに入居を決めました。
優しい笑顔の裏で…少しずつ崩れていく日常
八木さんの新生活は、快適そのものでした。職員は親切で、施設内では入居者たちが世間話に花を咲かせ、笑い声が絶えません。
「ここにしてよかったな」
入居当初は、心からそう思っていた八木さん。しかし、入居から3ヵ月ほど経った頃から、状況が少しずつ変わっていきます。
ある日、職員のひとりが声をかけてきました。
「八木さん、最近お手元が少し震えることがありますよね。包丁を使うのも危なく感じることがあるでしょうし、食事サービスを利用されてはいかがでしょうか?」
別の日には、こうも言われました。
「洗濯も腰に負担がかかりますよね。職員が代わりに洗濯して干すサービスがあります。皆さん利用されていますよ」
最初は親切心からの提案だと思っていましたが、のらりくらりとかわしても、日が経つと同じような提案を受けます。しだいに、断りにくい雰囲気を感じるようになりました。
また、清掃やベッドメイキング、買い物代行など次々と新しいサービスを案内され、断ると心なしか職員の態度がそっけなくなり、以前のように声をかけてもらえなくなるのです。
さらに、サービスを利用している入居者たちはスタッフと楽しそうに話しており、自分だけが取り残されているような気持ちになります。
「みんな利用しているなら、自分もお願いしたほうがいいのかな……」
八木さんの心に、迷いが生じるようになりました。
