「正直、まだ転校生みたいな気分です」東京に進出して2年半たった今も、所在なさそうな表情を浮かべるニッポンの社長。『ダブルインパクト』初代王者にしては、あまりにも謙虚なその姿勢には、漫才×コントを極めた芸を裏づける、泥くさいお笑い観が秘められていた――

今回は彼らと同世代の人気芸人たちと活動をともにする放送作家・白武ときお氏を聞き手に迎え、栄光を掴むまでの挫折、ネタ作りの裏側、そして未来への展望を語ってもらった。
◆賞賛されたら、俺たちの笑いは終わり
――今回の撮影では、ファンからの人気が高い代表作(※2)「新入部員」のコントの衣装を用意してもらいました。辻:あのコントは中学時代の野球クラブのコーチがモデルです。ある日、木製のノックバットのグリップで頭を殴られた拍子に、バットが折れて、スコーンって飛んでった。痛がる僕をそっちのけで「お前、どんな頭しとんねん!」って爆笑するコーチの姿を思い出してネタにしました。僕らのネタは実体験を昇華させたものが多いです。
ケツ:僕は小道具の責任を担っているんで、ネタが少しでも面白くなるように小道具作りを極める覚悟で向き合ってます。バットも太さや角度をいろいろと試して今の形に辿り着きました。
辻:ほんまのバット職人が言いそうなコメントやな(笑)。
◆泥くささを感じてほしい
――ほかのコントや漫才でも、野球ネタが多いのは、愛ゆえですか?辻:ほんまに、(※3)青春時代は野球漬けでしたからね。それに、野球って試合中もプライベートも、笑いを誘う珍プレーが多くて題材にしやすいんです。鍛えられた体でお洒落なプロサッカー選手と違って、高校野球には、丸刈りにしなきゃいけないっていう、時代錯誤の謎の縛りプレイもあるし。プロ野球は体形のだらしないベテランとかが我が物顔で居座っていて、彼らがこけるだけでおもろいですしね。
ケツ:僕のお腹を見てもらったらわかると思います。

辻:“建築現場の先輩後輩”って感じですね。だから舞台でも泥くささを感じてほしいです。コンビに関しては、コントをやるつもりで組みました。ただ、『YTV漫才新人賞』っていう大阪の大会で月1回手見せ(ネタ見せ)があって、そこで合格したら深夜枠でネタを披露できた。テレビ出演のために漫才を始めました。
ケツ:僕も関西出身で漫才への憧れは当然あったけど、NSCに入ったころは周りではコントをやる人が多かった。ただ最近は、大阪では漫才とコントの両方をやっていた芸人も、上京するとどっちかに分かれるヤツらが多くて驚きましたね。
辻:そやな。自分らがオールドスタイルを貫いているのかも。あと東京と大阪のお笑いの違いで言えば、個人的に全然好きちゃうんですけど、東京では芸人イジりがやたら多いですね。「お前のボケ、(ほかの芸人の)○○みたいやな」とか、その場にいない芸人の話をどんなヤツかの説明もなく話す、みたいなイジり。大阪ではこういう、芸人をほかの芸人で例えるイジりはご法度でした。劇場でどんなにお客さんにウケていても、舞台袖にいる先輩の口は真一文字。そういうイジりをやりだしたら、「あいつも禁断の手段に手を出しおったな」って感覚なんですけど、東京では合法で、しかも蔓延しまくっている。なんでダメかというと、芸人イジりってファンやオタク向けのお笑いなんですよね。フラッと劇場に入ってきた、お笑いのことを何も知らないおっちゃんを見捨てないでおこうや、僕はそういう気持ちでお笑いと向き合っていますね。

