◆妊娠からわずか14週間で悲劇が訪れる

「急激な腹痛に襲われて受診したところ、『子宮内が血液で満たされている。子どもが流れてしまったかもしれない』と言われました。結局、膣内に留まってくれていて、亡くなった我が子とは対面することができました。彼がお腹のなかにいてくれたのは、わずか14週間でした。
本当は、今車椅子を使っているのも、出産・子育てをするうえで車椅子の生活に慣れておこうと思って移行したんです」
現在、“天使ママ”として、流産や死産の経験者が集まる交流会にも参加しているという愛澤さんは、我が子の死を通してみえてくる社会の有様についてこう話す。
「天使ママになってからは、妊婦さんを見るのが精神的につらかったり、亡くなった子どもとちょうど同い年くらいの他の子どもを見ると悲しい気持ちになったりしました。
何より違和感を覚えるのは、社会では生きている子どもの話はするのに、お腹のなかで亡くなった子どもの話はされないんですよね。私も“ママ”なのに、お腹の中で亡くなった子についてはなかったことにされているように感じて、とても悲しくなるんです」
◆子どもを「なかったこと」にしたくない
妊娠中の喪失を公言しない、あるいは言及を忌避する風潮はたしかに強い。だが愛澤さんは、これからも発言をしていく。それにはこんな意図があるという。「ひとつは、私の子どもを『なかったこと』にしないためです。それから、似た状況で悲しんでいる人たちが、『言ってもいいんだ』と思ってくれるように。お腹のなかで潰えた命だとしても、愛している我が子だという事実は変わらないし、悲しみを隠さなくていいと私は考えています」
苦しみや悲しみによって受傷した心は、簡単に癒えない。時薬――時間が薬――という言葉もあるが、回復するのに一生分の時間で到底きかない傷もあろう。気の持ちようだけで乗り切れない慟哭も存在する。だからこそ、愛澤さんは“演じる”のではないか。治ることのない障害、いじめによる不登校、我が子の死――女優として舞台に立ち続けることが、観る人を勇気づけると信じて。
「いつか必ず道は拓ける」――そう鼓舞し続ける愛澤さんでさえ、その開拓のなかば。だが必ず、多くの人々の魂を震わせる演劇の真髄に届くだろう。悲しみに打ち勝ったタフな人よりも、悲しみとともに生きる人にこそ、福音は訪れる。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

