首都圏以外にお住まいの方に念のため説明しておくと、東京駅から品川駅までは在来線でもほんの11分。新幹線を使えば7分しかかからない。運賃は前者が180円、後者が自由席で1,080円だ。
なぜ、6倍もの金を出して彼らは新幹線に乗り、すぐ隣の品川で降りるのか。わからない。何か特別の事情があるのだろうか。2017年6月、品川駅で4日間、張り込み調査を行った。
※本記事は、月刊誌『裏モノJAPAN』で掲載された「ごく普通の人々の暮らしや悩み、気になる行動を取材したルポルタージュ」をまとめた新刊書籍『調査ルポ この日本の片隅で』より抜粋したものです。

◆調査1日目:11時10分 東北新幹線に乗り仙台の息子夫婦に会いに行くつもりが
品川駅、東海道新幹線下りホームで待っていたところ、上品な身なりをした70代の女性が降りてきた。辺りをキョロキョロと見回している。何かあったのか。「突然すいません。東京から品川まで新幹線で来られたんですよね?」
「あー、うんとね、間違えて乗っちゃったの。私、仙台に行くのよ」
は? 東北新幹線と東海道新幹線を間違えたのか。でも、東北の切符で東海道の改札は通れないはずだが。
「そうじゃないの。“行って来い”しちゃったの」
なんでもこの方、新富士駅から仙台の息子夫婦に会いにいくつもりが、いざ東京駅で東北新幹線に乗り換えようとしたところ、どういうわけか「東海道の下り」に乗ってしまったそうだ。
「息子がホーム降りて、また上がるだけだから簡単だって言ったんだけど、やっぱり間違えちゃった」
その間違い方もたいがいなものだが、よく品川で気づいて降りられたもんだ。
「隣の方に聞いたら間違ってますよって。でも、私、ここからどうすればいいのかしら?」
もう一度「上り」に乗って再び乗り換えするしかなさそうだが、果たして上手くいくのか。
「駅員さんに聞くのが一番だと思いますよ」
「息子に電話したの。でも、そんなの自分で調べろって。孫を静岡まで連れてくるつもりだったのに、仕事が忙しいから仙台まで来てくれって。こんな年寄りなのにねぇ。お正月だってね……」
この後、延々と息子への愚痴が続いた。息子さん、高齢のお母さんに一人旅なんかさせちゃダメですよ。
◆調査1日目:15時40分 部屋の鍵をかけ忘れたかもしれない
ホームがスーツ姿のサラリーマンでごった返ししているなか、慌てて新幹線を降りる男性がいた。学生ぽい風貌で、スニーカーに私服。荷物は肩掛けバッグ一つだけだ。「あの、なぜ品川で降りられたんですか?」
「いや、ちょっと……部屋の鍵をかけ忘れたかなと思って」
「かけずに出てきたんですか?」
「いや、かけたって保証がないっていうか…」
ははあ、エアコンの消し忘れとかが気になるアレか。ま。エアコンなら電気代だけで済むけど、鍵の場合は下手すりゃ大おお事ごとだもんな。でも、こういうときって、たいがいちゃんとかけてるものなんだよな。わざわざ引き返す必要はないと思うけど。
「よくあるんです」
「というと?」
「気になって家に戻ることが多いんです」
この方、鍵のかけ忘れが気になると居ても立っても居られず、その都度、部屋に戻り確認しているそうだ。「実際にかけ忘れていたこと、ありました?」
「今のところないです」
ないのかい! それなら今回も大丈夫。という具合には考えられない心配性のようで、これから品川から30分以上かかるJR総武線の小岩(江戸川区)のアパートまで戻るらしい。
それで気が済むならいいが、こうした場合、切符の扱いはどうなるんだろうか。

