◆調査4日目:15時10分 東京‒品川間をキセルで往復する乗りテツさん
「ひかり」から降りて早足で歩く男性発見。歳はまだ20代前半だろうか。「東京から新幹線で来たんですか?」
「そうですよ」
「どうして、わざわざ品川で下車を?」
「往復してるんです。乗り鉄なんで」
乗り鉄とは鉄道に乗ることを趣味とする鉄道ファンのことだ。
「新幹線が好きなんですか?」
「はい。動き出すときの振動がいいんですよ。でも、鉄オタには新幹線って人気ないんですよね」
なんでも、鉄道マニアの間では、在来線と比べすぐ目的地に着いてしまう新幹線は邪道とみなされてるようだ。その後も、彼は日本の新幹線がいかにすごいか熱弁をふるってくれたが、ほとんど理解できない。
「じゃあ、よく東京‒品川間を往復してるんですか?」
「うーん。最近は東北の方が面白いんで、東京‒上野間の方が多いですね。東海道より車両のカラーバリエーションがあって楽しいんですよ」
「でも、運賃もバカにならないんじゃないんですか?」
「あ、それは入場券使ってるんで。…そう、キセルです。バレるとヤバいんで、この時間帯だけですけど」
聞けば、平日の15時から17時は新幹線の本数が少ないので、乗務員のチェックも甘くなるらしい。そこで、駅員に目を付けられないよう、先頭車両と最後尾車両を交互に乗るよう心がけているのだそうだ。
「じゃあ。次があるんで」
罪悪感のかけらも感じてないようで、彼はそのまま足早に去って行った。
◆調査4日目:17時27分 彼氏と別れ話をするため静岡に行くつもりが、やっぱりやめた
旅行に向かう家族連れがホームに溢れかえるなか、若い女性が降りてきた。「あの、東京で新幹線に乗って品川で降りる人に取材してるんですが、少しいいですか?」
「どういう意味?」
「いや、品川で降りる方は珍しいなと思いまして」
「あーそういうこと。彼氏に会いに行くつもりだったんだけど、やっぱりやめたんですよ」
「どうしてまた?」
「うーん…どう説明したらいいかなぁ。その彼氏とは静岡の大学で同期で付き合って3年になるんですけど、私、卒業した後、この4月から東京の会社で働いてるんですよね。彼氏はそのまま大学院に進みました」
「てことは、今は遠距離恋愛ですか?」
「だったんですけど、つい最近LINEで別れようって言われて。でも、LINEだけで終わりにするのも、なんか気持ち悪いって、新幹線で静岡に行こうと思ったんですよ」
「それなのに、どうして行くの止めたんですか?」
「んー、直接会っても話すことなんか何もないなと思って。向こうとしてももう終わった話で、私に来られても困るだろうし」
「ずいぶん、あっさりしてますね。余計なお世話ですけど、3年も付き合ったんですよね。せめて理由ぐらい確認した方がいいんじゃないですか?」
「いや、もうどうでもいいです。途中で気が変わったんで、このまま家に帰ります」
品川までの7分間で何かが吹っ切れたのだろうか。新幹線の車内には人を冷静にさせる力があるのかも。
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<TEXT/「この日本の片隅で」調査隊>

