
「忙しいから、便りがないのは元気な証拠」そう自分に言い聞かせ、親の本当の暮らしから目を背けてはいないでしょうか。本当に深刻なときほど、親は子どもにSOSを出せないものです。その親心に甘え、現実を知ろうとしなければ、待っているのは取り返しのつかない後悔だけかもしれません。行政や専門家の手を借りてでも守るべきものとはなにか。ある家族の遅すぎた気づきからの学びをFPオフィスツクル代表・内田英子氏が解説します。※本記事で取り上げている事例は、複数の相談をもとにしたものですが、登場人物や設定などはプライバシーの観点から一部脚色を加えて記事化しています。読者の皆さまに役立つ知識や視点をお届けすることを目的としています。個別事例の具体的な取り扱いは、税理士・弁護士・司法書士など専門家にご相談ください。
「これが本当にうちの家?」変わり果てた実家の現実
父の訃報を受け、Aさんは急いで実家に向かいました。久しぶりに立つ玄関の前。鍵を開けた瞬間、思わず息を止めました。
カビと湿気が混じった、重たい臭い。家の内外にはゴミや不用品が溜まり、廊下の床は脱ぎ散らかされた汚れた衣服で埋まっていました。
「……これが本当にうちの家なの?」
変わり果てた実家の様子を前に、しばらく呆然としていました。「必要なものをそろえて、まずは病院に向かわなくちゃ」我に返り、家中を探して回るAさんの脳裏には、子どものころ過ごした実家の風景が浮かんできます。奥へ進むほど、やはりここは“我が家”なのだという確信が強まり、同時に悲しさも込み上げてきました。
「……まさか、こんな状態で暮らしていたなんて」Aさんは胸が締めつけられました。
「修理できたはず、通院できたはず」畳の下の400万円
父が亡くなったのは、自宅でした。倒れているところを近所の人が発見したといいます。Aさんがその後、近所の人から聞いた話では、雨の日には天井が雨漏りして、「修理したほうがいいよ」と声をかけると、父はこう答えたそうです。
「年金がないから無理だ。いいんだこのままで」
(年金がないはずないのに……)話を聞いたとき、Aさんは疑問を抱きました。さらに、父には高血圧と心臓の持病があったにもかかわらず、半年以上通院していなかったことも判明しました。
遺品整理を進めるなかで、Aさんはさらに言葉を失う出来事に直面します。足で踏んだ畳の感覚に違和感を覚え、畳を外してみたところ、畳の下から新聞紙に包まれた札束が出てきたのです。それも一つではありませんでした。同じように包まれた束がいくつもみつかり、集めて数えてみると合計で400万円。
「……お金、あったんじゃない」
雨漏りも、修理できたはずでした。通院だって、できたはずです。そう思った瞬間、怒りとも悲しみともつかない感情がこみ上げ、Aさんの手は小さく震えました。
「ひとりでやれる」…信じたかった言葉
父は享年78。現役時代は仕事一筋で、引退後も家事や生活の細かなことはすべて母に任せきりでした。2年前に母が急逝してからは、Aさんは深い悲しみに暮れながら、父の暮らしを案じていました。
「お父さんが、一人で生活できるわけない」
母の死後半年ほどは心配で、月に1回は実家に帰省していました。しかし帰省のたび、父さんはAさんにこういってAさんを遠ざけました。
「Aの世話にはならんでも大丈夫だ。ひとりでやれる」
実際、Aさんがみたところ食事の回数は減っていたものの、Bさんの暮らしぶりは「質素な普通の暮らし」にみえました。
「心配しすぎだったのかもしれない」
それから、Aさんも多忙の日々を送るなかで、自然と実家から足が遠のいていってしまったのです。そんな折の、突然の知らせでした。
孤独死をまねく恐れ「セルフネグレクト」
父の生前の様子を振り返ると、「セルフネグレクト」の状態になっていたと考えられます。セルフネグレクトは「自己放任」「自己放棄」とも訳されますが、明確な定義はありません。厚生労働省『法に基づく対応状況調査 付随(追加)調査』によると、以下のように整理されています。
「介護・医療サービスの利用を拒否するなどにより、社会から孤立し、生活行為や心身の健康維持ができなくなっている状態」ときに「緩慢な自殺」と表現されるほど、深刻な問題です。内閣府経済社会総合研究所『セルフネグレクト状態にある高齢者に関する調査―幸福度の視点から 報告書』によると、全国でセルフネグレクト状態にあると考えられる高齢者は、約9,000~1万2,000人と推計されており、決して珍しいケースではありません。
セルフネグレクトにみられる兆候
多くの調査や研究では、セルフネグレクトの例として、次のような行動が報告されています。
・慢性疾患があっても受診しない・お風呂に入らない
・失禁を放置したり、極端に汚れた衣服を着用したりしている
・栄養の偏った食事を続ける
・ゴミや物をため込み、住環境が悪化する
・ペットを放置している
・家の破損や雨漏りを放置する
支援やサービスを拒否したり、財産管理が難しくなったり、地域のなかで孤立することで状況が悪化していくケースも少なくありません。父の晩年の暮らしは、いくつも当てはまっていました。セルフネグレクト状態に陥るきっかけはケースごとに異なりますが、配偶者など近しい人との死別が引き金になることも多いとされます。
父の場合も同様で、妻であるAさんの母が担っていた家事や健康管理、人とのつながりが死別によってすべて失われ、深い喪失感のなかで少しずつ生活が崩れていった可能性が考えられるでしょう。
400万円は「なかった」のではなく「使えなかった」
Aさんの父のケースでは、医療や住宅修繕など、適切なサービスにつながれなかった問題であると同時に、父自身が「これから先をどう生きるか」を描けなくなっていった過程で起こった悲劇ともいえます。
畳の下からみつかった400万円は、父にお金がなかったのではなく、「使えなかった」可能性を示しています。「年金が少ないから無理だ」という言葉の裏に、お金だけでは説明できない心情――貯金が減ることへの恐怖や自分への失望やあきらめ、寂しさや悲しさ――が隠れていたとしても不思議ではありません。
筆者がFPとしてお伝えしたいのが、晩年のライフプランニングの役割です。FPとして活動するなかで実感するのは、ライフプランニングは人生の前半よりも、むしろ晩年にこそ重要になるということです。
老後になると、多くの場合、仕事や子育てといった外から与えられていた役割が減り、自分自身で人生の方向を定める必要が出てきます。そのとき、これから先の暮らしが描けない状態だと、人は驚くほど簡単に意欲を失ってしまうことがあります。一方で、人生の晩年に近づくほど「一般的な解決策」では満たされないケースは少なくありません。
晩年のライフプランニングは、人生の青写真を描き直す作業です。新たな未来を想像したり、社会とのつながりを持ったりするにはエネルギーが必要です。つながりが絶たれやすく、孤独を感じやすい環境にある高齢者こそ、精神的に追い込まれてしまう前に、「なにを守り、どのように残していくのか」を「本人らしさ」を言葉にする機会を持つことが重要です。
終活とは、人生を閉じる準備ではない
終活は、死後の準備ではなく、晩年の暮らしを壊さないための備えともいえるのではないでしょうか。
・人生の晩年に弱い立場になったとき、どんな人にそばにいてほしいのか・いま、なにに不安を感じているのか
・やりたかったのに、やり残したことはないか
こうした心情を整理し、家族や専門家と共有できるようにしておくこと。それが結果として生きる意欲を保ち、セルフネグレクトという深刻な状態を防ぐことにつながる可能性があります。
セルフネグレクトは、特定の人だけの問題ではありません。誰の身にも起こり得るからこそ、早めの対策が重要です。相談現場に立つFPとして、そのように強く感じています。
参考資料
内閣府 経済社会総合研究所『セルフネグレクト状態にある高齢者に関する調査―幸福度の視点から 報告書』
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11539153/www.esri.go.jp/jp/prj/hou/hou060/hou60_03a.pdf
松崎 洋子, 堀口 和子, 岩田 昇『高齢者のセルフ・ネグレクト状態の類型化』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans/45/0/45_132/_html/-char/ja
厚生労働省『法に基づく対応状況調査 付随(追加)調査』
https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001083447.pdf
内田 英子
FPオフィスツクル代表
