
老後に向けて家計を見直すとき、まず目をつけるのが「保険料」です。月1万円、2万円と減らせば、確かに家計は楽になります。しかし、その判断が将来にどんな影響を及ぼすのか、きちんと考えたことはあるでしょうか。一見、賢い節約に見えた保険の見直しが、後になって「取り返しのつかない後悔」につながるケースも少なくありません。ある50代会社員の実例から、保険見直しの落とし穴について、ファイナンシャルプランナーの三原由紀氏が解説します。
「お金のムダかも?」老後資金に不安、保険を見直した55歳会社員
東京都内に住む佐藤正人さん(仮名・55歳)は、中堅メーカーに勤める会社員です。年収は約500万円。妻(52歳・パート勤務)と2人暮らしで、子どもはすでに独立しています。
金融資産は預貯金(退職金見込みを除く)約650万円。住宅ローンは完済しましたが、「老後は年金だけで足りるのか」という漠然とした不安を抱えていました。
そんな中、佐藤さんが取り組んだのが家計の見直しです。通信費を下げ、使っていないサブスクを解約。日々の支出を細かく見直しましたが、思ったほど貯蓄は増えませんでした。そこで目に留まったのが、「保険料、払いすぎていませんか?」というネット記事です。
佐藤さんは家族を持った30代のころから、医療保険、がん保険、定期保険特約付終身保険、そして変額保険(保険料を株や債券で運用する貯蓄タイプの保険)に入っていました。毎月の保険料は合計で約3万円。家計を圧迫している実感はありつつも、「長年払ってきたものだから」と、そのままにしてきたといいます。
しかしネット記事を読み、考えが変わりました。
「高額療養費制度があるなら、確かに医療保険はいらないな」
「死亡保障も、子育てが終わった今はそれほど必要ないのか……」
こうして、見直しをスタート。まず、「もしものとき、お子さんのために」と保険営業マンに勧められて加入した、定期保険特約付終身保険を更新前に解約。医療保険とがん保険も「使わなければ何も残らない」「いざというときは数十万なら貯金でなんとかする」と解約。
一方で、変額保険は老後資金づくりにもなる、佐藤さんにとって“減らしてはいけない保険”でした。こうした精査の結果、毎月の保険料は変額保険の月1万2,000円だけに。月1万8,000円の節約です。
「年間で20万円以上浮く。これは大きい!」
佐藤さんは、自分の判断に満足していました。しかし、この見直しが意外な結果をもたらしたのです。
健康診断で「再検査」の通知…想定外の負担に唖然
わずか数ヵ月後、56歳を目前にしたある日、佐藤さんの元に健康診断で再検査の通知が届きます。結果は初期のがん。幸い早期発見でしたが、治療は長期化しました。
治療は消化器系のがんによる開腹手術で、標準治療(保険診療)でした。医療費の自己負担も高額療養費制度の範囲内に収まり、最終的には8万円ほど。治療費そのものは、想定外に高額だったわけではありません。
しかし、家計への影響はそれだけではありませんでした。
退院後も通院治療が続き、体調がすぐれない日は電車移動が難しく、タクシーを使うことが増えていきます。体力の低下から残業もできなくなり、収入は徐々に目減りしていきました。さらに、回復を少しでも早めたい一心で、親戚から勧められた健康機器を購入するなど、医療費以外の出費も重なります。
こうした支出と収入減が積み重なり、治療が一段落するまでの間に、佐藤さんは貯金から100万円ほどを取り崩すことになりました。
「いざという時は貯金を使えばいい」
そう思っていましたが、その“いざ”が現実になると、負担感は想像以上でした。
そこで初めて、佐藤さんは気づきます。
「もし、あのがん保険を解約していなければ、診断給付金100万円をもらえたのに……」
がんの治療をしながら、お金のことを考えなくてはいけない。これは精神的にも苦しいものでした。また、再加入したくても診断後では加入できる保険は限られ、保険料も高額。結果的に見直しが裏目に出てしまい、後悔することになったのです。
「保険は減らすべき」という空気が生んだ、50代の判断ミス
佐藤さんの判断は、決して突飛なものではありません。むしろ、「よくある判断」といえるでしょう。近年、「保険は入りすぎ」「見直せば家計が楽になる」といった情報は、ネットや書籍、SNSなどにもあふれています。
特に50代は、教育費が一段落し、老後資金を意識し始める時期です。佐藤さんのように、「今からでも間に合う節約」として、保険料に目が向く人は少なくありません。
もちろん定期的に保険を見直すこと自体は、決して間違いではありません。家族構成や収入、ライフステージの変化に合わせて、保障内容を点検することは大切です。佐藤さんの判断も、「見直しをしたこと」そのものを後悔すべきではありません。
問題は、その多くが「今の自分」を基準に判断してしまうことです。健康で、働けて、貯金もそれなりにある。だから「医療保険やがん保険はもういらない」と考えてしまう。しかし、保険が必要になるのは、まさにその前提が崩れたときです。
さらに厄介なのが、「また入り直せばいい」という思い込みです。実際には、50代半ば以降になると、健康状態によって加入できる保険は限られ、保険料も高くなります。佐藤さんのように、診断後ではほとんど選択肢が残らないケースも珍しくありません。
「老後資金を守るために保険を減らしたつもりが、結果的に老後資金を取り崩すことになった」
これは、多くの人が陥りやすい落とし穴だといえるでしょう。
保険を減らす前に確認すべき4つの視点
佐藤さんのケースから見えてくるのは、「保険を減らすこと」自体が問題なのではない、という点です。大切なのは、何を減らし、何を残すのかを整理することです。
まず一つ目は、将来、入り直せる余地があるかどうかです。年齢や健康状態を踏まえ、「本当に後から備え直せるのか」を冷静に考える必要があります。
二つ目は、その保険がカバーしているリスクの種類です。医療費なのか、働けない期間の収入減なのか、老後資金なのか。役割が違えば、優先順位も変わります。
三つ目は、貯金で本当に代替できるか。「100万円なら払える」と思っても、それが老後資金からの取り崩しであれば、将来の生活に確実に影響します。
そして四つ目が、保険の中身が今の医療や生活に合っているかです。特に20年以上前に加入したがん保険は、入院中心の保障設計になっていることも多く、現在の通院治療や短期入院では十分に使えない場合があります。こうした場合は、「何となく残す」のではなく、内容を確認したうえで見直すことが重要です。
保険見直しに、万能の正解はありません。佐藤さんのケースでは、老後資金づくりとして加入していた変額保険は、20年以上の長期運用で一定の資産形成ができており、継続した判断自体は妥当だったといえます。一方で、がん保険の解約は後悔が残りましたが、これは結果論でもあります。
ただ一つ言えるのは、「減らせば安心」でも、「残せば安心」でもないということです。あなたの保険は、これからの生活に本当に合っているでしょうか。一度、立ち止まって確認してみる価値はありそうです。
三原 由紀
プレ定年専門FP®
