
相続は「子供のいない夫婦」にとっても大きな課題です。特に、亡くなった配偶者が遺言書をのこしていない場合、相続人が予想以上に多く、遺産分割協議が泥沼化してしまうことも……。日経マネー(編)の書籍『絶対に避けたい!損する相続実例25』(日経BP)より、60代女性Bさんの事例とともに、「子供のいない夫婦」の相続トラブルを防ぐポイントについて解説します。
夫の遺産は「全額相続」のはずが…「子供のいない夫婦」の争族
[図表1]相続関係図 出典:『絶対に避けたい!損する相続実例25』(日経BP)より抜粋
子供のいないBさんは夫の遺産を全額相続できると思っていた。ところが義兄の指摘で夫側の親族4人にも相続権があることを知る。遺産のうち預貯金を親族に渡すことで決着したが、老後の計画は軌道修正を迫られた。
[図表2]子供がいない夫婦も遺言書を用意しよう 出典:『絶対に避けたい!損する相続実例25』(日経BP)より抜粋
関東地方に住む60代の女性・Bさんは長年連れ添った夫を亡くした。夫が残した財産は自宅(相続税評価額は約4000万円)と預貯金約2000万円。
Bさん夫婦に子供はいないが、持ち家なので家賃はかからないし、引き継ぐ遺産は配偶者の税額軽減の範囲内だから相続税もかからない。家と2000万円の蓄えと遺族年金があれば生活には困ることはないだろうとBさんは考えていた。
義兄の連絡で明らかになった「4人」の相続人
Bさんには仲の良い妹がおり、その娘たち(めい)とも小さい頃から親しく交流していた。どこまで本気か分からないが、「伯母ちゃんが動けなくなったら私たちが面倒見てあげるよ」という温かい言葉もかけてもらっていた。
葬儀を終え、納骨が終わって間もなく、夫の兄から遺産分割について話をしたいと連絡があった。Bさんは遺産をすべて相続できるものと考えて安心していたが、「子供がいない場合は親や兄弟にも相続権がある」と義兄から聞いて驚いた。
亡夫は兄と弟、それに妹の4人兄弟。義弟は既に他界しているが子供が2人いる。義兄の説明によればBさん以外の相続人は4人。その法定相続割合は遺産総額6000万円の4分の1、約1500万円になるという。
実はBさんが住んでいる家は義父から相続したもの。夫の兄弟たちにとっては実家だ。義父が亡くなった時、同居して老親の面倒を見ていたのがBさん夫婦だったこともあり、実家はBさんの夫が単独で相続。金融資産は長男とBさんの2人で相続していた。
夫の親族から「分割要求」が相次ぎ、2000万円は諦めることに
話し合いの席で義兄は「将来、Bさんが亡くなると実家はBさんの妹が相続することになる。それは困る。全部とは言わないが、家屋敷は自分と共有の形にして本家筋に戻してもらえないか」と無理筋な遺産分割を要求してきた。
義兄が遺産分割を要求していることを知ると、義理の弟の子供たち(おい)が「父(義弟)は祖父の相続時に何も相続できなかったと悔いていた。亡くなった伯父さん(Bさんの夫)経由で祖父の財産を相続する意味も込めて法定相続分をキャッシュで欲しい」と言い出した。
さらに当初は「お義姉さんが全部相続すればいい」と言ってた義妹も「おいたちが相続するなら私も欲しい」と前言を翻した。何回か話し合いを続けるうちに、今度は義兄が「この実家が4000万円ということはない。売りに出したらもっと高く売れる。相続税評価額を元にした法定相続分では足りない」と言い始めた。
Bさん夫婦が実家を相続した際に嫌味を言われるなど不快な思いをしたこともあり、夫の親族とは距離を置いてきた。老後資金が減るのは不安だったが、夫の親族と早く縁を切りたいと考えたBさんは自宅だけを相続。金融資産の相続は諦めた。
2000万円の預貯金は義兄が800万円、義妹が600万円、2人のおいが計600万円を受け取ることで決着した。法定相続分より多めの遺産を手にした義兄は満足したようだった。
数年後、Bさんは自宅を売却。そのお金を手に妹たちが住む町へと引っ越していった。
【解説】子がいない夫婦は「遺言書」が争族を防ぐ
ADVISER:三菱UFJ信託銀行 MUFG相続研究所 所長
入江 誠さん
子供がいない夫婦は遺言書を用意することに思い至らないかもしれません。ただ、この例では本家筋との話し合いの負担を妻にさせたくないという気持ちが夫にあったのなら「全財産を妻に相続させる」という遺言を用意しておいてほしかったところです。
この事例からは2つのことが学べます。まず、子供がいない夫婦の片方が亡くなった場合、両親・祖父母が他界していると兄弟姉妹が法定相続人になるということです。
相続人が配偶者と兄弟姉妹の場合、法定相続割合は配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1となります。複数の兄弟がいる場合は4分の1を人数で割ります。また、兄弟が亡くなっている場合、1世代に限りその子供、つまりおい・めいが相続権を引き継ぎます。
そして遺言書がなければ、法定相続人全員で話し合う必要があります。なお、兄弟姉妹には「遺留分」と呼ばれる、請求をすれば最低限受け取れる権利はないので、遺言書があれば全財産を妻に相続させることができます。
従って、Bさんが当初思い描いていた2000万円を手に相続した家で暮らすという老後プランも実現可能でした。
2つ目が義兄の「実家が4000万円は安い」という主張です。相続税の計算における相続税評価額と民法における遺産分割の基準となる評価額は異なることが多いのです。立地等によっては、相続税評価額と時価に乖離が生じることも珍しくありません。「売ったらもっと高く売れる」という義兄の主張にも道理はあります。
義兄たちとの交渉、不動産の評価額の食い違い、いずれの争点でも遺言書は夫の遺志として威力を発揮してくれたはずです。
日経マネー(編)
