
相続税の計算は、単純な足し算・引き算ではありません。「借金が多いから税金はかからない」という素人判断はもちろん危険ですが、もっと恐ろしいのは「税理士への相談の仕方」を間違えることです。不動産の評価額など、ピンポイントで専門家に聞いても、誰が何を相続するかという「全体像」を伝えなければ、正しい税額判定は不可能です。日経マネー(編)の書籍『絶対に避けたい!損する相続実例25』(日経BP)より、A子さんの事例とともに、「マイナスの相続」に潜む落とし穴について解説します。
マイナスの相続なのにまさかの税負担
[図表1]相続関係図 出典:『絶対に避けたい!損する相続実例25』(日経BP)より抜粋
資産家の父が死亡。母は既に他界。7億円のローンのある時価10億円の商業ビルと預金2億円が残された。相続人は兄弟3人。ビルは長男、預貯金は長女と次女のA子さんが1億円ずつ相続することに。
[図表2]「申告不要」だと早とちりしたばかりに… 出典:『絶対に避けたい!損する相続実例25』(日経BP)より抜粋
都内の一等地に商業ビルを保有する父が亡くなった。母は既に鬼籍に入っており、「時価10億円で借入残高7億円のビル」と「預金2億円」を長男、長女、次女のA子さんの3人で相続することになった。
長男はおっとりとしたサラリーマン、しっかり者の長女と末っ子気質で甘えたがりやのA子さんは、それぞれ結婚して実家を出、現在はパートの主婦だ。父と同居していた長男がビルを、姉妹がそれぞれ1億円を相続することで、すんなりと全員の合意が得られた。
「兄さんはパパの介護もしてくれていたし、私は預金だけの方が気楽でいいわ」とA子さん。ただ、気になるのは相続税だ。
「1億円も相続したら税金が大変なことになるのでは?」と心配になった長女は、知り合いの税理士に軽く相談してみた。すると時価10億円と聞いていた商業ビルが、現在の相続税評価額で計算すると4億円であることが判明した。
相続税の計算では、建物の評価額は固定資産税評価額によるものとされる。この評価額は実際の売買価格の3〜4割くらいの評価に抑えられているため、時価10億円の商業ビルも土地は路線価、建物は固定資産税評価額で計算すると4億円になってしまうのだ。
「7億円のローンは債務控除として認められるから、預金と合わせても遺産全体ではマイナスになるわ。申告もしなくていいみたい!」
それを聞いたA子さんは大喜び。長年住んでいたマンションが老朽化し、引っ越しの検討を始めた矢先だったのだ。A子さんは早速、不動産屋に足を運んだ。
「お尋ね」が落とし穴に
「予算は1億円。遺産があって」「1億円も相続すると相続税が大変なんじゃないですか?」「赤字の相続だから相続税はかからないらしいのよ」
それなら、ということで不動産屋に勧められるまま、A子さんは新築の億ションの購入を決めた。
数カ月後、A子さんの元に税務署から「お買いになった資産の買入価額などについてのお尋ね」が届いた。これは税務署が購入資金の出所を調査するもの。過去の所得隠しや、贈与があったにもかかわらず贈与税を納付していないケースを見つけるためだ。
申告不要と信じ切っていたA子さんは堂々とその旨を税務署に伝えた。税務署からは父の財産債務の明細の提出を求められ、よく分からぬまま、長女に作ってもらった書類をそのまま提出した。
すると、マイナスの相続になるのは長男だけで、長女とA子さんには相続税がかかることが判明! 7億円のローンは長男に対してしか適用されず、預金だけを相続した2人の相続財産はプラスだったのだ。
その時点で父の逝去からは1年以上経過していたので、相続税、無申告加算税、延滞税合わせて2500万円を支払うはめになってしまった。
【解説】1人がマイナスの相続でも他の相続人と通算できない
ADVISER:税理士法人アーク&パートナーズ 代表社員
税理士
内藤 克さん
今回の勘違いの要因は、亡父の財産全体について計算した点にあります。課税価格の計算は各人ごとに計算し、うち1人がマイナスでも切り捨てられて他の相続人には影響しないので、被相続人の財産全体でマイナスでも油断はできないのです。
長女が税理士に相談したのは不動産の評価額についてだけで、遺産をどう分けるかの情報は伝えなかったのでしょう。最初の段階で相続の全容をプロに相談すれば防げたミスです。
債務控除は債務を引き継いだ人のみに適用され、今回の場合、ローンはすべて長男が引き継ぐことになります。ビルの相続税評価額4億円、ローンが7億円なので、長男の相続分はマイナス3億円です。
この3億円のマイナスは長男の課税価格の計算の段階で切り捨てられ、ゼロとなります。つまりお父さんが「長女と次女だけに1億円ずつ財産を残した」のと同じ状態となるのです。
不動産による相続対策で失敗しないために
不動産の相続税評価額が時価よりも大幅に低いケースは珍しくなく、富裕層が不動産を好む理由でもあります。相続税なのに固定資産税の評価額を使うのも妙な話ですが、建物一軒ずつを国が評価し直すのが難しいため、各自治体(国でない)が評価した額を流用する仕組みになっています。
一方、今回の「借り入れで不動産を購入する相続対策プラン」の失敗は、評価額の引き下げに重点を置き過ぎて、他の相続人への分割を無視したことの副作用だったと言えます。
相続税を減らしたいなら不動産をダウンサイズするか、借り入れを圧縮するかしつつ、後継者以外の親族には生命保険で渡す、などの対策が必要でした。
日経マネー(編)
