
「元気なうちになるべく早く年金を受け取りたい」と考える人にとって、年金の繰上げ受給は有効な選択肢でしょう。また、繰上げの減額率が緩和されたことで「年金繰上げはお得」というイメージも広まっているようです。しかし、安易な繰上げ受給は思わぬ悲劇を招くかもしれません。「年金は繰上げ受給のほうが得」と信じて60歳から受給を開始した男性の事例から、年金繰上げ受給の注意点を見ていきましょう。
「年金は繰上げ受給が得」を信じて疑わなかった男性
Aさんは3年前、60歳になったことで定年を迎えました。定年後は再雇用となり、1年単位で契約が更新され65歳まで働けることになっています。
そんななか、以前から気になっていたのが年金のことです。満額での受給開始は65歳ですから、Aさんにはあと5年あります。
しかし、Aさんは同じく再雇用で働いていた同僚から「年金は繰上げ受給のほうが得だ」「法改正で繰上げの減額率は1ヵ月0.5%から0.4%に減り、繰り上げやすくなった」などと聞いていました。
年金繰上げ受給とは、本来の満額支給開始年齢(Aさんの場合は65歳)より前に、減額されたうえで受給できる制度です。Aさんは減額されることは承知していましたが、Aさんの再雇用後の月収は約38万円で、在職老齢年金による年金のカットはされないようです。
そして、60歳0ヵ月で繰上げ受給した場合とそうでない場合の「生涯の受給累計額の逆転時期」は、80歳10ヵ月でした。
「81歳くらいか……そんなに悪くないな。老後は問題なさそうだ」
こうしてAさんは、老齢基礎年金と老齢厚生年金の繰上げ請求を進めました。60歳0ヵ月の繰上げで24%(0.4%×60ヵ月)減額され、老齢基礎年金が年額61万円、老齢厚生年金が年額114万円、合計175万円(月あたり14.5万円)となって受給が始まります。
突然の失職…失業給付申請のためハローワークを訪れたAさん
実際に年金の支給が始まってからは、給与(月収約38万円)と年金で悠々自適に暮らしていたAさん。ところが、63歳になった時に会社の経営が悪化してしまいます。その結果、Aさんの雇用契約は更新されず、契約満了により退職せざるを得なくなってしまったのです。
Aさん自身は65歳まで継続勤務することを希望し、そのつもりでいました。
「これからどうしよう……」
不安を抱いたAさんでしたが、ハローワークで失業給付(基本手当)が受けられることを聞きます。基本手当は日額で5,000円を超え、これを240日分受給できることになりそうです。
ハローワークで告げられた「まさかの事実」
「ひとまずなんとかなりそうだ」と安心したのもつかの間、ハローワークの窓口でまさかの事実を告げられます。
なんと、失業の認定を受けて基本手当を受給すると、繰上げ受給している年金のうち「老齢厚生年金」は受け取ることができないと言うのです。その間、支給停止されない老齢基礎年金と基本手当での生活になります。
「厚生年金がもらえない!? えっ、なんで?」
雇用保険の給付との調整
65歳よりも前に受給できる老齢厚生年金は、雇用保険の給付(基本手当・高年齢雇用継続給付)を受給することによって、支給が調整されます。これによりAさんは、基本手当の受給期間中、せっかく繰上げをした老齢厚生年金を受給することができません。
もっとも、支給停止となる年金は老齢厚生年金のみで、しかも繰上げで減額されているため、基本手当のほうが額も高くなりやすいと言え、実際、Aさんも基本手当のほうが高くなる計算です。
しかし、もしもAさんが繰上げをしていなければ、基本手当をそのまま受け取れるのはもちろん、65歳からは減額・調整されていない年金を受給できていました。
年金繰上げ受給は、退職や失業という予想外の事態が発生した場合、他の給付との調整リスクがあることを認識しておく必要があるでしょう。
減額以外の注意点も…年金繰上げ受給の注意点
Aさん自身、繰上げ受給の手続きのために年金事務所で訪れた際、説明はひと通り聞いていたはずです。しかし、減額率や減額による受給累計額の逆転時期のことばかりが気になっていたため、雇用保険との調整など、その他の注意点はすっかり忘れていました。
失業給付との調整によって厚生年金を受け取ることができず、さらに65歳以降の年金も繰上げ減額により減額される……退職前は繰上げして正解だったと満足していたはずのAさんも、ここで後悔の念に苛まれます。
当初は65歳まで見込んでいた給与収入も63歳での退職によってなくなってしまいました。再就職をして収入を得なければやっていけないかもしれないと焦りが募るようになり、必死に求職活動をするのでした。
年金は一度繰上げ請求をすると、取り消すことができません。「給与と年金の両方を受け取ろう」と考えても、65歳前の失業という潜在的なリスクに加えて、雇用保険との調整という注意点もあります。
年金の繰上げ受給を検討する人は、自身に該当する注意点はすべて、慎重に確認しておく必要があるでしょう。
五十嵐 義典
特定社会保険労務士/CFP
株式会社よこはまライフプランニング 代表取締役
