「嫌疑不十分」とは?弁護士が解説する無罪との違いと法的プロセス

「嫌疑不十分」とは?弁護士が解説する無罪との違いと法的プロセス

3、嫌疑不十分と無罪の違い

嫌疑不十分と無罪はともに刑罰がくだされないという点では共通するものの、裁判を経ているか否かが異なります。

無罪は、裁判で審理をした結果、犯罪した事実が認められないということです。

裁判官が公平な視点から証拠をもとに判断しているため、無罪になれば完全に無実であるといえます。

それに対して嫌疑不十分であればそもそも裁判自体が開かれません。

そのため、犯罪をしたのか否かははっきりしないことになります。

4、嫌疑不十分とされた後の流れ

嫌疑不十分として不起訴になれば刑罰はくだされませんが、その後に全く不利益がないというわけではありません。

以下の点に注意が必要です。

(1)前科はつかないが前歴はつく

嫌疑不十分の場合、前科はつきませんが前歴はつきます。

前科とは、裁判で有罪判決を受けた記録です。前科がつくと履歴書の賞罰欄に記載の必要があったり、そもそも法律上就けない職業があったりするなど、社会的に大きな不利益があります。

嫌疑不十分であれば、起訴されておらず有罪判決は受けていないため、前科はつきません。

これに対して前歴とは、捜査機関によって犯罪捜査を受けた履歴です。

嫌疑不十分であっても捜査は受けているため前歴は残ります。

前歴は前科と異なり履歴書に書く必要はないため、就職上の不利益にはなりません。

捜査機関に記録が残っているだけで一般人が照会することもできないため、他人に知られる可能性は低いです。

もっとも、逮捕されたことなどがニュースで取り上げられていればインターネット上に記録が残ってしまうため、事実上不利益を受けることはありえます。

(2)補償を受けるのは難しい

嫌疑不十分として不起訴になった場合は、逮捕・勾留されたことによる補償を受けるのは困難です。

裁判を受けて無罪になると、逮捕・勾留された日数によって法律上補償を受けられます。

不起訴の場合であっても、「罪とならず」「嫌疑なし」については補償手続きをするという規程がありますが、嫌疑不十分については明確な定めがありません。

したがって、嫌疑不十分のケースで補償を受けるのは難しいです。

(3)民事訴訟を起こされる可能性はある

嫌疑不十分となって刑事処分を受けないとしても、民事上の責任は問われるおそれがあります。なぜなら、民事訴訟において事実を証明する際には、刑事訴訟で要求される水準よりも低いレベルの証明で足りるとされているからです。

証拠が不十分で刑事上起訴するのが難しいと判断されても、民事訴訟では犯行の事実が認められる可能性はあります。

例えば、車が人をはねて立ち去ったケースを考えます。

ひき逃げの疑いで被疑者が捜査されたものの、犯人といえる証拠が足りずに嫌疑不十分となったとしましょう。

納得がいかない被害者が損害賠償を求めて、被疑者となった人に対して民事訴訟を起こすことは可能です。

そして、この民事訴訟では刑事事件と異なる結論が出て、訴えを認めることもありえます。

そうなれば、刑事上は不起訴となったのにもかかわらず、民事上は被害者に損害賠償を支払わなければなりません。

もちろん民事訴訟において、「刑事では嫌疑不十分で不起訴となった」という事実を主張することはできますが、だからといって民事責任も負わないとは限らないのです。

(4)検察審査会の議決により強制起訴となることも

嫌疑不十分で不起訴となっても、検察審査会の議決により強制起訴となる可能性があります。

検察審査会とは、検察官の不起訴処分が不当であるとの申し立てがあった場合に、検察の処分の妥当性を審査する機関です。

検察審査会は11人で審査をし、不起訴処分について6人以上が不当とすれば「不起訴不当」、8人以上が不当とすれば「起訴相当」という議決を出します。

「不起訴不当」「起訴相当」とされると、検察は再度捜査をし、起訴するかどうかを検討しなければなりません。

「起訴相当」の議決があったにもかかわらず再度不起訴となった場合、もう一度審査をして「起訴相当」とされれば、裁判所に指定された弁護士により強制的に起訴されることになります。

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