伊藤塾塾長、司法の未来を危惧 形骸化したロースクールに物申したいこと

伊藤塾塾長、司法の未来を危惧 形骸化したロースクールに物申したいこと

法科大学院(ロースクール)制度が始まって20年。法曹志願者が減少しつつある現状について、約40年にわたって法曹養成の一角を担い、司法試験の受験指導を続けている伊藤真弁護士(65)は、「国家の危機だ」と憂える。「伊藤塾」塾長として、多くの法曹を輩出してきた。

かねてから「ロースクールを司法試験の受験資格とは切り離し、受験の間口を広げるべき」と主張している伊藤氏は、2000年代初頭、自ら「日本一のロースクール」を創ろうと動いたことがあった。当時の構想に込めた思いを聞いた。(ライター・山口栄二)

●このままでは司法制度が崩壊する

——法科大学院制度をどう評価していますか。

とても成功したとはいえません。それだけではなく、若い人たちの法学部離れ、さらにはこの国の司法軽視、法を重視しない風潮を助長していて、このままでは司法制度そのものが崩壊するのではないか、と危惧しています。

——なぜ、失敗したのでしょうか。

エビデンスベースでの政策決定でなかったことに加えて、法曹養成について“本気で”考え続けている組織も人もないからです。能力があって、かつ高い志を持った人材をどうやって法曹の世界に導くのかということについて、誰も本気で考えていない。失敗は必然でした。

国家のガバナンスでいえば、三権のうち国会は選挙制度によって新たな人材育成が担保されているし、行政も公務員試験があって人事院がその公正さの維持を担っています。ところが、司法に関してはずっと縦割りで、司法試験は法務省、法科大学院は文部科学省、司法修習は最高裁とバラバラに人材育成をしています。

50年、100年先を見通した法曹養成の展望を考えているところはどこにもなく、それぞれ自分の組織の利益だけを主張している。そんな中で、何か熱に浮かされたような状態の中で生まれたのが、現在のロースクールです。

●幻の「伊藤塾ロー」 今は多様性の受け皿に

——昨年書かれた「失敗の原因」と題したエッセーの中で、「ロースクール制度立ち上げの際の予備校批判、塾批判は相当にこたえました」「謂れのない誹謗中傷を受け続け」「伊藤真つぶし、伊藤塾つぶしの暴風雨の中にいるようでした」などと書かれています。具体的には、どのようなことを言われたのですか。

「大学に学生が来ないのは、伊藤真のせいだ」というものから始まって、「伊藤塾では受験テクニックばかり教えている」「暗記中心で、教え方が体系的ではない」「金太郎あめのように同じような答案ばかりで面白味がない」というものまでありました。

大学の先生たちからすると、自分の学生を取られたという思いがあったのかもしれません。実際にどんな授業をしているか塾に調査にくることもなく、私の話を聞こうともせずに、先入観でそう決めつけてきました。

——そのエッセーの中では、伊藤塾が自ら法科大学院の設立に向けて準備をして、校舎や法廷教室、教授陣もそろえて、あとは設立の承認を受けるだけというところまでこぎつけた、と書いています。

今思えば、日本一のロースクールをつくって、私を誹謗中傷していた大学教授を見返したいという不純な動機もあったと思います。私も40 代で、未熟だったのかな。

——「日本一のロースクール」とは、どのようなロースクールですか。

合格実績が日本一で、かつ、学生の多様性において日本一のロースクールです。つまり、法学部以外の出身者や社会人、外国籍、中卒や高卒、専門学校卒の学歴といった多様なバックグラウンドをもった学生がたくさん学び、しかも司法試験の上位合格者をたくさん出すロースクールという意味です。

——ところが、結果はまさかの「不認可」でした。

認可のプロセスに関係していたある大学教授が「伊藤真にはロースクールはつくらせない」と強硬に反対したという話を、あとから複数の関係者から聞きました。私のように修士号や博士号といったアカデミックなバックグラウンドもない人間が、司法試験に受かっただけで法学を教えるなんて、とんでもないという考えだったのかもしれません。

——今はどう考えていますか。

むしろ認可されなくてよかったと思っています。ロースクールができていたら、うちの学生にしか教えられません。今、塾生の半分は他学部生と社会人です。ロースクールができな かったことで、結果的にもっと広くすべての受験生を対象とした講義をすることができて いますからね。当塾が「多様性の受け皿」 になっていると自負しています。

——幅広い受験生に教えたいというのは、どういう思いですか。

私は、日本国憲法の「個人の尊厳」や「個人の尊重」といった価値を実現するような法曹を一人でも多く育てたい。そのためには、私の講義を一人でも多くの受験生に聞いてもらいたいのです。

万が一司法試験が不合格になって、企業や公務員など法曹とは別の道に進んだとしても、「法の支配」や「法的な考え方」を共有する人が一人でも増えてくれれば、この国を支える重要な人材になると考えています。

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