エッセンシャルワーカーの「低賃金」非正規構造、今こそ変える時 ドイツのパートタイマーが参考に

エッセンシャルワーカーの「低賃金」非正規構造、今こそ変える時 ドイツのパートタイマーが参考に

介護士や販売・飲食サービスの従事者ら「エッセンシャルワーカー」の多くは非正規の労働者だ。最低賃金の引き上げなどで待遇改善は少しずつ進みつつあるものの、低賃金で有期雇用の不安定な立場であることは変わりない。

非正規労働者の実態と課題を提示し、フリーランスを含めた問題の全体像を描いた書籍 『エッセンシャルワーカー』の編著者である田中洋子・筑波大教授は、非正規と正規の処遇区分・差別の仕組みを変えることこそが、社会の閉塞感を打破する最初の一歩だと訴える。(ライター・有馬知子)

●ドイツのパートタイマー、安定雇用と均等待遇で日本とは大きく違う

総務省の労働力調査によると、1989年に817万人だった非正規労働者は2022年に2101万人と、約2.5倍に増加し、この間に非正規比率も19%から37%に上昇した。特に非正規化が進んだのが飲食や小売・スーパーの店員、訪問介護士・保育士や教員、行政の相談窓口にいる「非正規公務員」などのエッセンシャルワーカーだ。

こうした労働者の多くは、企業が事業を運営する上で不可欠な存在となってきた。田中氏の教え子の中には、アルバイト先から「人手が足りずお店が回らないからすぐ来て」と電話が来ると「店が困っているのを放っておけない。すみません」と、ゼミを抜けて出勤していく学生もいたという。彼ら彼女らのこうした働きの上で生活インフラが機能し、「おもてなし」が世界的に評価されているとも言える。

「低賃金でも精一杯頑張って働く多くの非正規労働者の存在が、社会の安定を見えないところで支えています。しかし、収入が低い上にいつ仕事を失ってもおかしくない不安定な低待遇をこのまま放置していたら、未来を明るく描ける人が減り、働き手の希望者も減っていき、日本の社会経済の土台が揺らぎかねません」

田中氏が研究するドイツでは、小売業で働くパートタイム労働者の割合はほぼ日本と同じだという。しかしドイツでは基本的にパートタイマーは無期雇用で、フルタイムとパートの処遇に差がない。給与制度も同じ給与表にもとづき、例えばパートの労働時間が同じ仕事のフルタイムワーカーの半分なら、賃金も半分になる仕組みだ。

「日本と状況が似ているのに、ドイツのパートタイマーでは安定雇用と均等待遇が実現していて、低賃金・不安定雇用である日本と大きく異なります。それでもドイツは経済も企業業績も、特に問題は起きていない。ならば日本でも同じようにできないはずはありません」

●パートタイムとフルタイムの行き来が容易なドイツ、困難な日本

日本のパート・アルバイトの賃金が低水準なのは「いまだに1980年代ごろまでの『主婦相場』という認識を引きずっていることが根底にある」と田中氏は指摘する。

男性正社員の雇用が安定し、賃金が右肩上がりだった時代は、妻のパート収入が家計補助的な水準であっても社会的問題とは見なされなかった。しかし1990年代後半以降のバブル崩壊後、男性の賃金上昇は停滞し、雇用も不安定化し、家計をめぐる状況は大きく変わった。

「家計補助の主婦がパートの主流であるように思われがちですが、夫の所得が上がらず妻の収入なしには家計が回らない家庭や、未婚の男女のパートも増えています。学生も親の病気や離婚などで家計が不安定化し、生活費や学費をバイトで賄う人が相当存在します」

つまり、家計状況の変化にもかかわらず、1990年以前の「昭和の常識」にもとづいた制度だけそのまま残り、現実との矛盾が拡大しつづけているということだ。

また、ドイツではフルタイムとパートを行き来することができる点も日本と異なる。どちらも無期雇用で、給与水準や処遇に差がないため、労働者がパートとフルタイムを柔軟に行き来しやすい。育児のため一時パートで働いていた人が、子育てが一段落したらフルタイムに戻り、元のキャリアを継続して昇進を目指すこともよく見られるという。

一方、日本は「フルタイム=正社員」「パート=非正規」と雇用形態が明確に分かれ、処遇の格差も大きいため、非正規から正規への転換には高い壁がある。最大のネックの一つは、正社員が「転勤」を前提とした雇用形態とされていることだ。

ドイツでも転勤はあるが、幹部・エリートを目指す一部の社員に限られる。こうした「エリート予備軍」は日本の正社員同様、ジョブの制限も外れてジェネラリストとして多くの部署を経験し、外国へも赴任する。その分、報酬や社内外でのステイタスは突出して高くなる。ただ人数からすれば全体の1割程度にすぎないと田中氏は言う。

「日本のホワイトカラーは、ある意味全員エリートキャリアを歩むことになり、そこに対応できない人は、非正規を選ばざるをえないか、限定正社員という相対的低処遇の枠に押し込まれてしまう。転勤前提の働き方は本当に必要なのか、もう一度見直す必要があります」

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