フジ『大奥』、家治を「バカ殿」呼ばわりした人物は? ドラマのようではなかった史実を解説

家治がオランダ商館員から取り寄せたもの

 すでに8代将軍・徳川吉宗の時代以降、宗教書以外の洋書を読むことも禁止ではなくなっていましたし、江戸の中心部にあたる日本橋には「長崎屋」とよばれるオランダから輸入された品物を扱う店があって、身分を問わず、多くの人々が出入りしていました。店頭では洋書も売られていましたが、庶民が買える代物ではありません。

 医師・杉田玄白は、後に自身で『解体新書』として翻訳・出版する『ターヘルアナトミア』の原著を3両で買いました。現代の貨幣価値でいえば15万円もしたことになります。ドラマで家光がどっさり積み上げた洋書を読んでいましたが、史実でああいうことをしようとしたのなら、100万円以上は見ておかねばならなかったでしょうか……。

 史実の家治が交流したオランダ人は、ティツィングだけではありません。彼の治世は26年間続いたので、オランダ商館員たちとは何度も対面機会がありましたし、後にお話しますが、オランダ商館を通じて海外から「お取り寄せ」を試みたこともありました。

 家治の祖父・吉宗も熱心にオランダ商館員と交流したことで知られ、御簾を上げ、彼らの顔を見つめながら、さまざまなジャンルのヨーロッパの科学知識を取り込もうと熱心に質問を繰り返しました。

 もちろん10代将軍・家治も西洋の文物に関心が深く、将軍に就任してすぐの宝暦11年(1761年)、オランダ商館を通じ、ヨーロッパの馬を輸入しようと熱心に働きかけたことがあります。もともとは家治の祖父の吉宗が洋馬の輸入を始めており、家治も江戸城内でも飼育されていた洋馬に興味をそそられていたようですね。

 ただ、オランダ商館はなかなかのワルで、家治から金を巻き上げておきながら、日本の在来馬よりも小さく貧弱なジャワ産の馬を「これが西洋の馬です」と偽って届けてきたこともあったのですが、家治は怒らず(おそらくは)洋書から得た知識を背景に、私が本当に欲しい馬にはこういう特徴があって……という要望を、オランダ語通詞を使いつつ、長崎のオランダ商館に詳細に伝えた記録があります。時期的にすでに「サラブレッド」という品種もイギリスでは誕生していたので、その知識も家治にはあったのかもしれません。

ティツィングはドラマのような親日家とはいえない

 安永4年(1775年)、カール・ペーター・ツュンベリーというオランダ商館勤めの医師によると、知識人として有名だったツュンベリーとの対話に興をそそられた家治が御簾の後ろから姿を現し、彼とは親しく交流したそうです。

 時期的にはツュンベリーの後に家治が対面したオランダ人が、ドラマにも出てきたティツィングなのですが、彼との対面時にもそれなりに会話は弾んだと思われます。しかし、史実のティツィングはプライドが高く、家治に拝謁する前に、二度も畳に這いつくばってお辞儀をさせられたことが大いに不満だったようです。

 ティツィングが帰国後に書いた回想録の中で、家治は「バカ殿」呼ばわりされているんですね。「将軍家治は、成長するにつれて子どもよりましな程度の理解力を持つようになった」とさえ書かれています。将棋の名手でもあった家治が「バカ」であったわけはないのですが、しゃべり方や声などが、ティツィングには幼く感じられたのでしょうか……。

 ティツィングは、5代将軍・徳川綱吉と御台所・鷹司信子がほぼ同時期に死んでいるのは、綱吉が信子の手で暗殺され、信子が自害したからだという怪しいうわさもなぜか知っており、それらも回想録にはまとめられています。たしかにこのうわさ自体は、その後も長く、徳川家の中では語り継がれたそうですが、実際には綱吉夫妻が同時期にはやり病で亡くなったにすぎません。

 また、家治が側室のお知保との間に授かった家基という男子が享年18歳(満16歳)の若さで亡くなった理由も、彼がまたがった西洋馬が暴走し、崖から馬ごと落ちて死んだからと書いています。こちらにも根拠はありません。しかし、鎖国している日本の情報は少ないため、ティツィングのいい加減な記述を、真実だと信じ込んだ人はヨーロッパ中にいたようですよ。

 幕末に、自分をオランダ人だと偽って来日したドイツ人医師・シーボルトも、ティツィングが書いた落馬説を本気で信じていたようです(シーボルト『日本交通貿易史』)。鎖国している日本からはクレームが入らないのをいいことに、捏造された情報を、ヨーロッパで広めてしまったティツィングは、ドラマのような親日家とはいえず、まっとうな人物でもなかったといえるでしょう。

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サイゾーウーマン
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