地震の被害は完全には防げない 「強く、しなやかに」乗り越える力をつけるために 


地球温暖化の影響で大規模水害が毎年のように起き、国内では大きな地震が近い将来起こると言われています。私たちは、災害にどう向き合い、どのように備えるべきなのでしょうか。ダメージを乗り越える力である「レジリエンス」の向上を目指して活動している、防災科学技術研究所前理事長の林春男さん(I―レジリエンス株式会社顧問)に話を聞きました。

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防災科研前理事長が推進する「レジリエンス」

――「レジリエンス」は、まだ広く認知されているとはいえない言葉かと思います。改めて、意味を教えてもらえますか。

「困難を乗り越えて回復する」力

レジリエンスというのは、「回復力」「しなやかさ」を意味する英単語です。私たちは、災害を乗り越える力のことを「レジリエンス」と呼んでいます。細かくいうと、自然災害をはじめ、社会や個人に起因するリスクが生み出す困難に直面した時に、①状況に早く適応し②元の状態まで回復③教訓を元に成長④次の被害を予防――というサイクルを繰り返して、困難を乗り越える力のこと、と定義しています。

私は、日本の工学的な予防力、言い換えれば、構造物が壊れにくく作られている点については世界一だと思っています。海外では、震度4ぐらいの地震でも多くの建物が倒壊することがありますが、日本ではそんなことは起こりません。ただ、絶対に壊れないかといえばそうではありません。

「日本の建物は壊れない」を打ち砕いた阪神大震災

一世代前の日本には、「日本の構造物はしっかり作られているため、大地震が起きても壊れない」と信じていた人たちがいました。その幻想が崩れたのが、阪神高速道路の高架や多数の住戸が倒壊し、6400人以上の死者のうち約8割が圧死だった1995年の阪神・淡路大震災です。震災後に耐震基準の見直しも行われましたが、それでも、都市を守り切るのは難しいでしょう。


写真説明:阪神・淡路大震災で倒壊した阪神高速道路

「予防」一辺倒でなく「乗り越える力」を

そして、「災害は起きてしまうのだから、『予防』一辺倒ではない考え方が必要ではないか」といわれるようになりました。その答えとして、災害を乗り越える力が求められるようになったのだと思います。

私が「レジリエンス」という概念を推し進めるようになったのは、東日本大震災よりも前の2009年ごろからです。「予防」が完全にはできない中で、社会そのものを強く、しなやかにしなければいけないと思ったためです。

2つの大地震を乗り越えられる?

――「予防ができない以上、起こったことを乗り越えるのが重要」というのは、これまでの災害と復興を考えれば理解できます。ただ、日本では、それほど遠くない将来、「南海トラフ地震」と「首都直下地震」が起こると想定されています。2つの巨大地震が起きた場合、日本はそれを乗り越えられるのかと心配になります。

■南海トラフ地震(M9.0)が起きた場合の被害想定


(堀江・鈴木、未公開)

南海トラフ地震は、プレートの境目で起こる「プレート境界型」で、陸のプレートの下に、フィリピン海プレートが沈み込んでいます。地震を起こすひずみが蓄積し、限界に達すると断層が破壊されて地震が発生するため、一定の周期があります。7世紀以来、ほぼ100年周期で発生しており、過去の記録も残っています。

■首都直下地震(M7.3)が起きた場合の被害想定


(堀江・鈴木、未公開)

一方、首都直下は、内陸で起こる地震です。どこが震源かはっきりわからないので、過去の履歴から30年間で70%程度の確率で起きるかといわれています。

南海トラフ地震が起こると首都直下にも波及?

私は、2つの大地震は時間的に近接して起きる可能性があると思っています。理由は、地殻が動く場所が隣同士なので、南海トラフが動いたことでそこのストレスが抜け、隣に波及するかもしれないためです。

2つの大地震の被害総額は、南海トラフが約200兆円、首都直下が約100兆円、合計約300兆円にも上ると想定されています。想定はやや過大ではないかとも思いますが、それでも“国難”であることに間違いありません。

関東の“地震の巣”4か所に

――首都直下地震を引き起こす断層は、まだわかっていないものも多いと言われます。

関東の地下には、微小地震が頻発するいわゆる“地震の巣”が4か所ぐらいあります。その中でもっとも大きな被害が予想されるのが、国などの想定で「都心南部」と表現されている大田区の直下なのです。

地震の巣は千葉市の下にもありますが、震源が地下深くのため、そこまで大きく揺れません。一方、大田区の震源は割と浅くて地下20㎞もないので、震度7の強い揺れになると見込まれます。ですから、国の想定でも東京都の想定でも、大田区直下で発生する地震の被害が最も大きくなっているのです。

南海トラフの前に西日本で直下型地震?

――南海トラフ地震について、林さんは、発生する前に西日本で直下型地震が起こる可能性を指摘していますね。

南海トラフの前に、西日本で直下地震が頻発するのは、歴史上の事実です。

南海トラフ前の50年~発生後10年が活動期?

地震学者によれば、南海トラフが起こる前の50年と、起こった後の10年は、地震の活動期だそうです。ちなみに、今回のシリーズの一発目は、1995年の阪神・淡路大震災だといわれています。

――もしそうだとすると、2025年が阪神・淡路大震災から30年ですから、この先20年ぐらいの間に南海トラフ地震が起きて、その後も10年間は地震の活動期ということになりますね。今後約30年間、地震が多発するわけですか。

プレートに徐々にストレスがたまっていきますから、地震が起きる間隔が短くなっていきます。例えば、直近の南海トラフでの地震は、1944年の昭和東南海地震、1946年の昭和南海地震ですが、その前後には姉川地震(1909年)、北但馬地震(1925年)、北丹後地震(1927年)、河内大和地震(1936年)、鳥取地震(1943年)、三河地震(1945年)、福井地震(1948年)など、大きな地震がいくつも起こっています。

図表説明:震度6弱以上などの基準にあてはまる「南海トラフ地震防災対策推進地域」は、1都2府26県707市町村が指定されている

――2016年の熊本地震も、今回の「シリーズ」の一つなのでしょうか。

熊本は場所的に少し遠いですが、2000年に起きた鳥取県西部地震、2001年の芸予地震などはそうだと言われています。関西ではもっと地震が起こってもおかしくないように思います。

大地震の前には多くの地震が発生

過去を振り返ってみても、大きな地震が来る前には、地震が多く起きています。例えば、東日本大震災の2日前の2011年3月9日には、宮城県で震度5弱、1m弱の津波を観測する地震が発生しており、1年ほど前には、福島で震度5弱や震度4の地震が相次ぎました。震災前の10年を見ても、東北地方で多くの地震が起こっています。

ですから、もし今後、西日本でそれなりの規模の直下型地震がいくつか起こった時には、南海トラフ地震を警戒したほうがいいかもしれません。

――2つの巨大地震が相次いで起きたら…とは考えたくもないですが。

日本は人口が減少し、食料もエネルギーも輸入に依存しています。そういう状況で、巨大な震災が相次いで起きた場合、復旧・復興は長期にわたり、国全体が大変な困難に直面します。

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