「喪失体験」が引き金に?【なぜ高齢になるとうつが増えるのか】精神科医の和田秀樹先生

「喪失体験」が引き金に?【なぜ高齢になるとうつが増えるのか】精神科医の和田秀樹先生

セロトニンを薬で補充してあげると、うつの症状が改善する人も多く見られます。

この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年8月号に掲載の情報です。
セロトニンを増やすことがうつ病改善のカギ
高齢者にとってうつ病は怖い病気ですが、その背景には、歳を取るほど、セロトニン(※1)という神経伝達物質が減ってしまうことがあります。
歳を取ると、親との死別や定年退職による仲間との別れなど、多くの喪失体験を経験します。また、身体機能や脳の機能も衰え、それらを自覚することで落ち込むこともあるでしょう。そういった心理的要因でうつ病になることは事実です。一方、私も長年、老年精神医学の仕事をしていますが、そういう心理に対して、きちんとしたカウンセリング治療とまでは言えなくても、5~10分程度、その気持ちを分かってあげるような治療を行い、薬(脳内のセロトニンを増やす薬)を飲んでいただくだけで、うつ病が良くなることは多いものです。
そういった多くの患者さんを診るにつけ、高齢者にとってセロトニンという神経伝達物質は大切なものなのだと痛感します。
以前、仮面うつ病という、それほど精神的な落ち込みは目立たないが、うつ病の薬(※2)を使うと改善する身体症状(肩こりや頭痛が多い)が問題にされたことがありました。いまでもその言葉を使う精神科医もいますが、WHOによる国際分類での正式病名は”身体化障害”、アメリカ精神医学会による正式病名は”身体症状症”と呼ばれています。仮面うつ病がその名で呼ばれるようになったのは、肩こりや頭痛がずっと続き、原因を調べても分からないが、うつ病の薬を使うと、症状が改善することが多いからです。加えて、もう一つの理由は、この症状を放っておくと、意欲が低下したり、夜眠れなくなったりして、本当のうつ病に移行してしまうことが多いためです。
実は仮面うつ病でなく、脊柱管狭窄症のように本当に痛みの強い病気でも、うつ病の薬が効くことは多いものです。整形外科などで腕のいい医者は、意外にこういう薬を使います。私自身、数年前に帯状疱疹にかかって、一生涯でいちばん痛い思いをしたことがあります。いろいろな痛み止めを使って多少は痛みが和らいでも、痛くてつらい状態は変わりません。ところが、前から痛みに効くと言われていたうつ病の薬を使ってみると、かなり楽になったことをよく覚えています。完全に痛みが消えるわけではありませんが、仕事に差し支えないレベルになりました。
そういうこともあって、私は腰痛をお持ちの高齢者の方にうつ病の薬を出すことがままあるのですが、多くの場合とても喜ばれます。

※1 脳内の神経伝達物質のひとつで、感情や気分のコントロール、精神の安定に深く関わ
っています。セロトニンが減少するとイライラや不安、恐怖などの心の不調をもたらします。
※2 脳内のセロトニンなどを増やす薬=抗うつ薬のこと。

頭痛、肩こり、不安感もうつ病のせいかも
セロトニンが足りなくなると、うつ病の症状でよく見られる、意欲低下や不眠などが現れることがよく知られていますが、その他に、疲労感が取れない、不安感が強くなる、イライラする、痛み刺激に敏感になるというような症状も生じます。
高齢者のうつ病の場合、これらの一般的な症状の他に、頭痛や肩こりなど身体的な訴えが多いことや、病気をすることや認知症になること、泥棒に入られることなど、いろいろなことにものすごく不安を感じるといった人が、少なくありません。泥棒に入られる不安が強すぎて、本当にものを盗られたという被害妄想に陥る人もいるほどです。
また、イライラして怒りっぽくなる人もいます。うつ病の薬が効くと、こういった症状がかなり改善します。「疲れが取れない」「夜中に目を覚ます」「腰が痛いのが治らない」などの訴えは、”歳のせい”で片付けられることが多いのですが、もしかしたらセロトニン不足や、うつ病のせいかもしれません。
特にこれらの症状が2つ以上、ほぼ同時期から始まったのなら、その可能性は大です。なかなか治らないのであれば、精神科や心療内科で相談をして、うつ病の薬を試してみる価値があると思います。「イライラして仕方がない」「急にキレたようになる」といったことも、うつ病の薬を試す価値のある症状です。安定剤(※3)などで抑えようとすると、頭がボンヤリしたり、記憶力が悪くなったり、あるいは元気がなくなったりします。それよりは、脳内のセロトニンを足すような薬のほうが、高齢者の元気を保つために有効であるように思います。安定剤とは逆に、記憶力が良くなることもあるのですから。
※3 精神安定剤や抗不安薬とも言われます。

【気が付きにくいうつ病の症状】
疲れやすさや不眠と、頭痛や腰痛などが同時に出ることも。特に、同時に2つ以上の症状が出る場合は、うつ病を疑ってください。

薬の見直しや脳の休息も大切
うつ病の有名な症状に日内変動というものがあります。午前中は調子が悪いが、午後になると元気になるというものです。睡眠導入剤の副作用でも起こることなので、そういった薬を常用している場合は、量を減らしたほうがいいことも多くあります。しかし、うつ病の可能性もあるので、内科で睡眠導入剤を出してもらっている場合は、一度、精神科や心療内科に相談したほうがいいかもしれません。
さて、長年高齢者のうつ病を診ていると、その逆のパターンが珍しくありません。午前中は比較的調子がいいのに、夕方になると不安感が高まったり、イライラしたり、落ち込んだりするのです。おそらく高齢者の場合、脳が疲れやすいので、夕方のほうが症状が悪くなりやすいということが起こるのでしょう。これも薬が効くことが多いですが、昼寝などで脳を休ませるのも有効なようです。

高齢になるとうつ病が増える理由
このように、高齢になるとうつ病とか、セロトニン不足で苦しむ人は意外に多いのです。一般的には、人口の3%がうつ病にかかっているとされますが、各種住民調査では、高齢者の場合、人口の5%位がうつ病とされます。これも、歳を取るほどセロトニンの分泌が減ることが大きな原因だと私は考えています。
というのも、若い人のうつ病の場合、脳内のセロトニンを増やす薬を使っても、あまり効かないことが多いのに、高齢者ではよく効くことが多いのです。ただ、前述のような心理的要因も、少なくともうつ病になる契機としては重要です。つまり、もともとセロトニンが少ないことに加えて、ガクッとくるような体験をすると、それらを引き金にしてうつ病になってしまうのです。
このようなガクッとくる体験の中で、最もうつ病につながるとされているものが喪失体験です。親やきょうだい、配偶者、親友の死などをきっかけに、うつ病になる人は少なくありません。死別でなくても、会社をやめて、職場や、その人間関係を失ってしまったとか、子どもが巣立って、特に結婚して、家からいなくなったなども、うつ病の契機になります。昔と比べて晩婚化が進み、30年とか40年一緒にいた娘や息子がいなくなる上に、自分も高齢になってセロトニンが減っている時期でもあるので、うつ病に陥りやすいのです。
高齢になると、この手の人間関係の喪失体験が増えるのは、確かです。私も父親が存命のときに「最近は、ハガキがくると思うと訃報ばかりだ」と嘆いていたのを覚えています。

母親業や自己肯定感の喪失が引き金に
意外に重大な喪失体験は、アイデンティティ(自分が他者や社会から認められているという感覚のこと)の喪失です。女性が多く経験するのは「母親アイデンティティの喪失」です。もちろん、子どもはそのまま存在しているので、母親は母親のままなのですが、子どもが、特に男の子が結婚すると、配偶者(妻)に頼るようになり、母親の役割を失ってしまうことは珍しくありません。ストリーンという精神分析学者によると、奥さんに靴下まで洗ってもらうようになると、だんだんと奥さんを心理的に母親のように思うようになるとされます。日本の場合、子どもができると、妻のことをママと呼んだり、お母さんと呼んだりするのでなおのことです。妻が夫に小遣いをあげることも珍しくないので、さらに心理的に妻が母親化しやすいのです。逆に本当の母親にとっては、心理的に母親の座を追われる気分になります。
また、会社に勤務していたとき、役職についていた人は〇〇会社の部長や課長という肩書がありましたが、退職すると名無しの権兵衛のようになってしまうことがあります。
欧米、特にアメリカでは、会社にいる頃も、やめてからも、どんなに役職が高い人でも、トムはトムなのですが、日本の場合は、会社にいるときには名前で呼ばれず、課長とか部長と呼ばれることが多いので、そのアイデンティティが失われるのです。これは人によっては深刻な喪失体験になります。大学教授が、教えなくなっても名誉教授の名にこだわるのは、このためでしょう。
私は、38歳で常勤の医者を辞め、医長とか部長にならず、医学部の教授にもなれませんでしたが、このようなアイデンティティ喪失を経験することを避けた側面もあります。「和田秀樹の名前で生きていけば、一生、和田秀樹だ」と思い、なんとか、名前で通用する人間になりたいと思ったのです。最近は、女性も定年まで仕事を続けることが多くなったので、このアイデンティティの喪失は男性ばかりの話ではなくなりました。
その他の喪失体験として、現代精神分析の世界で重要視されているものに、自己愛喪失というものがあります。自己愛というのは、自分で自分を愛するとか、自分が特別なものだと思いたい心理で、古典的な精神分析では脱却しなければいけないものと思われていましたが、現代精神分析では、それが満たされないと精神的に不安定になると考えられています。
高齢になると、自分は生きている価値がないとか、自分は邪魔で迷惑をかけている存在だとか思うことが多くなります。自分で自分を愛せなくなるのです。これがまさに自己愛喪失の状態です。日本の場合、LGBTの人が子どもを産まないことでさえ生産性がないと発言するような人が国会議員になるような国ですから、仕事をしなくなり、年金生活者になると、自分は世の中に迷惑をかけている存在だと思ってしまう人も、他の国より多い気がします。
現代精神分析の考え方では、自己愛というのはうぬぼれでなく、他人によって満たされると考えられています。人に認めてもらう、人にほめてもらうというだけでなく、その人と一緒にいると自分まで強くなったと思えるような対象や、この人とは同じ人間なのだと思えるような仲間も自己愛を満たしてくれる対象だとされています。ところが、歳を取るにつれ、その手の自分をほめてくれる人や、メンター(指導者や助言者、相談者)のような人(通常は年上です)、あるいは心から打ち解けあえる仲間などを失うことが増えてきます。そういう意味でも自己愛喪失を経験しやすいのです。
【喪失体験とうつ病】
高齢期に起こるさまざまな喪失体験がうつ病の原因になることも。

見た目の老化や体力低下も喪失感に
自己像の喪失というのもあります。鏡に映った自分の姿が昔のものとすっかり違ってしまい、老いさらばえてしまったように感じたり、あるいは、かつては頭がいいと思っていたのにそうは思えなくなったり、仕事ができると思っていたのにそうでなくなったりすると、自己イメージそのものを失った気がするのです。足腰の衰えなど、身体能力の喪失もそれに入るでしょう。喪失体験だとは思われないのに、意外に心理的に重要なのは、感覚器(の機能)の喪失です。「耳が遠くなった」「目が見えにくくなった」という体験は、世間から遠ざかったり、人の話に入れないという形での喪失体験になり得るのです。
このようなさまざまな喪失体験が、そうでなくても脳内のセロトニンが減っている高齢者をうつ病にしてしまうことは、ぜひ知ってほしいと思います。そして、喪失体験以外に、うつ病の心理的要因になるのが不安です。前述のように、脳内のセロトニンが減ってくると、不安を感じやすくなると考えられています。

高齢期の不安から心を病むことも
高齢者は、さまざまな不安を抱えやすいものです。いちばん大きな不安は死への不安です。人間、誰でも死ぬのは怖いものですが、高齢者の場合は、それがリアルに迫ってくるという問題があります。身近な人が亡くなることで、その感覚が余計に強くなります。高齢になることで、死への恐怖が和らぐ人もいる反面、死への不安や恐怖に振り回される人も確かにいます。
コロナ禍で、足腰が弱ると分かっていても、感染の恐れから外に出られない高齢者がたくさんいることを実感しました。私の外来にも家族が薬を取りに来て、「最近、コロナが怖いと言って一歩も外に出ないのです」とおっしゃる方がたくさんいました。聞くと、ほとんどの人は足腰が衰えたようですが、死への恐怖は、犠牲を払ってでも避けたいのでしょう。

認知症やがん、病への不安は知識不足のせいも
高齢者が抱える不安の中で最も大きいのは、前述のとおり、死への不安です。次に、病への不安があります。
「コロナにうつりたくない」という人の中には、死ぬのは怖くないが、「人にうつすと迷惑をかけるから」という人もたくさんいました。私の母もそのようなことを言っていました。人に迷惑をかける病気の最たるものとして、お年寄りに恐れられているのが、認知症です。実は認知症になっても、人が考えるほど周りの人が迷惑だと感じる行動をとる人は多くはありませんし、急に何もできなくなる病気ではありません。正しい知識が普及していないために、ボケたくだけはないという人が少なくないようです。
苦しみへの不安もあるでしょう。高齢者のがんの治療は、体力を落とすことが多い上に、進行も遅いので、私はむしろ反対派なのですが、死への恐怖から積極的に治療をする人が多いのも確かです。多くの人ががんを恐れる理由として、苦しい病気だと思われていることがあります。実はがんというのは、手遅れになるまで見つからないことが多いように、医療を受けなければ、苦しむことの少ない病気です。高齢者の場合、医療を受けることによって、例えば化学療法の副作用が強く出たり、手術後の衰弱がひどかったりと、逆に苦しむ人は少なくありません。そういう姿を間近で見ていると、がんにだけはなりたくないと思う気持ちはよく分かります。
私が昔勤務していた病院では、年間100人位の高齢者の解剖を行っていましたが、85歳以上の人全員に身体のどこかにがんがありました。しかし、死因ががんだった人はその3分の1でした。3分の2は、がんにかかっていることを知らないままに死んでいるということです。こういう知識がもう少し広まれば、がんへの恐怖も少しは楽になるかもしれません。

寝たきりになっても楽しみは見つけられる
寝たきりになることへの恐怖も強いように感じます。ただ、私はおびただしい数の寝たきりの患者さんを診てきましたが、うつ病の患者さんを除いて、「早く死にたい」とか、「殺してほしい」というようなことを口にする人はめったにいません。時には笑顔になることもあるし、見舞いを喜んだりもします。なってみたら慣れるというか、なったらなったで、楽しめることがあるように思えてなりません。
これからメタバース(※)のような仮想空間でできることなどがさらに普及すると、寝たきりになってからの楽しみはもっと増えることでしょう。ただ、そうなる前の不安はかなり強いのだろうと思われます。
※インターネット上の仮想空間のこと。

孤独や自己喪失、ものがなくなることへの不安も
喪失の不安というものもあります。前述のように高齢者は数々の喪失を体験するわけですが、そうなる前の不安が強い人もかなりの数でいるようです。
普段から配偶者に頼り切っている人は、もしもその人が死んでしまったらどうしようと不安になります。さらに、孤独になる不安を強く感じている人も少なくありません。現在一人暮らしをしている高齢者は700万人を超えており、そのほとんどが大きな問題なく暮らすことができています。案ずるより産むが易しという側面があるのですが、そうなる前には、孤独になることへの不安が多くの高齢者にのしかかっているのです。
自分が自分でなくなるという自己の喪失の不安もあります。認知症になる不安とか、寝たきりになる不安というのは、元の自分でなくなることへの不安も大きいのでしょう。ものを失うという点では、財産や大切なものを失う不安も大きいようです。高齢者は振り込み詐欺にあいやすいといわれていますが、逆に過度に警戒心が強い人も少なくありません。貧乏になる不安から、十分に年金があるのにお金を使うことができない人もたくさんいます。何でもため込んで家がごみ屋敷のようになってしまう人もいます。周囲からみたら、いつでも買えるようなものでも、盗られてはいけないからと必要以上に大切にしまい込む人もいます。エスカレートすると、その品物が見つからなかった時点で「盗られた」といって警察に電話をかけたりする、物盗られ妄想が生じることもあります。
他にもさまざまな不安があるでしょうし、おそらくは他の年代より高齢者のほうが不安の種も多いのでしょう。

高齢期の不安はうつ病の大きな引き金に
脳内の神経伝達物質の一つであるセロトニンが減ってくることでも、不安を強く感じやすくなります。実際、昔は不安が強い人に精神安定剤を処方していたのですが、いまは脳内のセロトニンを増やす薬を処方すると、不安のテンションが下がることが多くみられるのです。逆にいうと、同じことを不安に思うにしても、セロトニンが足りなくなるとそのテンションが上がることになります。
「不安が強くなる→セロトニンが減ってくる→余計に不安が強くなる」という悪循環を繰り返すうちに、セロトニンが本格的に足りなくなり、うつ病になってしまうというわけです。また、不安が強いと、夜眠れなくなったり、食欲が落ちることでセロトニンの材料となるたんぱく質が足りなくなったりして、さらにうつ病のリスクが増すのです。
いずれにせよ、高齢者が陥りやすく、立ち直りにくい不安感は、うつ病の元になるということを知っておいていただきたいのです。

【セロトニンの減少と不安感】
高齢になってセロトニンが減ると、不安感が大きくなりやすいようです。

前頭葉機能の老化とうつ病の関係
高齢者がうつ病になりやすい理由には、脳の前頭葉の機能の低下も考えられます。実は、脳の中でいちばん早く老化現象が起こるのは前頭葉だといわれています。
言語機能を司る側頭葉や、計算や図形の処理の中枢である頭頂葉は、70代位まではほとんど衰えません。それに比べて前頭葉は、CTやMRIなどの検査画像で見ると、40代位から徐々に縮み始めていることが分かります。そして、その頃から意欲だとか、新しい環境への適応力とか、感情のコントロールや創造性のような前頭葉が司るとされている機能が衰え始めるのです。
歳を取るほどに、頑張って出世しようとか、異性にもてたいというような意欲が衰えてしまったように感じたことがある人は多いことでしょう。感情のコントロールがうまくできなくなり、一度怒りだすと止めることができず、まるで暴走老人のようになってしまう人もいます。歳を取ってもクリエイティブで居続けられる人は、それほど多くありません。
前頭葉が衰えてくると、新しい環境や想定外の体験が脳の負担となるので、それを避けようとします。すると、前例踏襲型の生活パターンに陥りやすくなります。例えば、行きつけの店にしか行かなくなったり、同じ著者の本しか読まなくなったりするのです。
歳を取って心身が衰えてきても、自分に課したルールを変えることができず、そのためにルールが守れなくなると、強く自分を責めるようになります。それがうつ病の原因となるわけです。
前頭葉の機能が低下することの主な問題は、意欲がなくなること、感情のコントロールが悪くなること、そして思い込みが変えられない、いわゆる頭が固くなることだと私は考えています。このことについてとその予防法は『不老脳』(新潮新書)という本に書きましたが、この全てがうつ病に関連するのです。

感情のコントロールも前頭葉の役割
意欲がなくなることは、うつ病と間違えられやすい症状です。しかし、単に前頭葉が老化して意欲が少しずつ衰える場合は、睡眠障害や食欲の障害などは現れません。気分が落ち込むとか、身体がだるいとか、その手の症状もあまり起こりません。また、うつ病の場合は急に意欲が衰えるのに対し、脳の老化による場合では、少しずつ意欲が衰えていきます。
うつ病と間違えられやすい意欲低下と違い、前頭葉の機能が低下して、感情のコントロールが悪くなることでうつ病に陥ることは、意外にあります。
暴走老人と言われる人が、例えば店員を怒鳴りつけたり、市役所の職員に対して激昂したり、あるいは、駅員を傘で殴りつけたりといったニュースが時に起こりますが、暴走しているときは、自分が正義だと思い込み、悪いことをしているという自覚がないことは、通常みられるパターンです。
しかし、トラブルを起こした後は、記憶もしっかり残っていますし、やったことの重大性を周囲から責められて、落ち込むことは珍しくありません。暴走老人というと反社会的なイメージを持たれがちですが、実は、まじめでルールにこだわる人が多く、「客を待たせる」とか、「税金で雇われているのに対応が悪い」など、相手が自分の規範に従わないと思うせいで怒り狂ってしまうのです。こういう人が、自分も反社会的な行為に及んだのだということを自覚すると、かなり落ち込むものです。
ついでにいうと、高齢になってからの脳内でのセロトニン分泌の低下も、暴走老人に関わっていると私は考えています。脳内のセロトニンが減ると、イライラしやすくなるからです。セロトニンが大幅に減るとうつ病になるわけですが、うつ病の中でも焦燥感が強いタイプがあります。”イライラ”というより、”じれじれ”として、いてもたってもいられない気分になるのです。最悪、突発的に自殺をしようとすることもあるので、精神科医はこの症状には特に注意を払います。

「かくあるべし」という思い込みが自分を追い詰める
こういった前頭葉の老化のさまざまな症状の中で、最もうつ病に関連するのは、頭が固くなる、つまり思い込みが激しく、その修正が利かないことだと私は思います。こういう人が、上の立場にいると老害と言われますし、配偶者や子どもたちにいろいろなことを押し付けてトラブルの元となるのですが、その思い込みや「かくあるべし」と思っていることを、自分ができなくなると落ち込むことが多いのです。あるいは、自分を激しく責めて、うつ病になったり、最悪、自殺につながったりします。
「うつ病になりやすい心に悪いものの考え方」=「不適応思考」を紹介していきますが、この手の不適応思考は、前頭葉が老化してくると余計にひどくなり、矯正が難しくなることが多くみられます。逆にこういった思考を矯正できたら、うつ病になりにくくなるわけですが…。物事に対してフレキシブルに対応できないことがうつ病へとつながるわけですが、高齢になるほど前頭葉の機能が落ちるため、より一層そうなれないのです。
いずれにせよ、歳をとるほどうつ病のリスクは上がります。ただ、いろいろな心理要因があっても、高齢者の場合はセロトニンを足してあげると、かなり改善することが多いものです。やはり、早期発見、早期治療で早めに医師にかかることは、あえておすすめしておきたいと思います。

【今回のまとめ】
・セロトニンを増やす薬でうつ病の症状は改善する。
・高齢者のうつ病では、「強い不安」が生じることが多い。
・さまざまな「喪失体験」がうつ病の引き金になる。

構成/寳田真由美(オフィス・エム) イラスト/たつみなつこ

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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