「歳だから」は間違い! 認知症と間違えられやすい高齢者のうつ【精神科医の和田秀樹先生に教わる】

「歳だから」は間違い! 認知症と間違えられやすい高齢者のうつ【精神科医の和田秀樹先生に教わる】

【"歳のせい"が、うつ病を見逃す原因に】
高齢者のうつ病が見逃されやすい理由の一つが、周囲の「歳のせい」という思い込み。身体がだるいのも、頭痛がするのも、「歳のせい」で片付けられがちです。

「歳のせい」が見逃される原因に
これまで、高齢者のうつ病について「早期発見・早期治療の大切さ」や「思っている以上に命に関わる病気であること」「本人にとってつらい病気であること」など、書いてきました。もう一つ付け加えるべきものとして、高齢者のうつ病というのは「見落とされやすい病気」だと私は実感しています。前にも書きましたが、高齢者の約5%がうつ病だと言われていますが、それほど多くの人が医者にかかっているとは、とても思えないからです。
うつ病が疑われる人に対して、われわれ精神科医が真っ先に確認することは、食欲と睡眠です。若い人、あるいは中高年の人であれば、「食欲が落ちてやせてきた」「夜眠れない」といった場合、うつ病を疑われることが増えてきました。特に、同じ不眠でも、朝早く目が覚める「早朝覚醒」や、夜に何度も目が覚めて寝た気がしないという「熟眠障害」があれば、真っ先にうつ病を疑います。ところが、高齢者の場合、食が細くなったり、夜中に何度も目が覚めるようになっても「歳のせいだろう」と片付けられてしまうことが多いのです。
意欲がなくなり、一日中ぼんやりテレビを見ているような状態になっても、やはり歳のせいだからということになりやすいでしょう。配偶者を亡くして何年も経ってから、「(亡くなった)夫のところに行きたい」などと言うようになっても、これをうつ病のサインとは考えない人が多いようです。あるいは、「生きるのに疲れてきた」と言うようになっても、歳のせいだと納得されてしまいがちです。
「身体のあちこちが痛い」「最近、体調が悪い」「ため息をつくことが多い」といった身体的な症状が多くなっても、外から見てまあまあ動けていて、家事などができていれば、やはりうつ病の症状とは思われにくいようです。高齢者のうつ病の場合、精神的な症状よりも身体的な訴えの方が目立つことも、見落とされやすい原因です。
高齢者でなくても、うつ病を抱えている患者の約3分の2は、「身体がだるい」などの身体的な症状を主訴として、初診の段階で内科を受診しているという統計があります。内科医がうつ病を疑ってくれれば、精神科や心療内科につないでくれますが、高齢者の場合、他の精神的なうつ症状が目立たず、身体的な訴えばかりというケースも。すると、内科で中途半端な治療を受けることになってしまう例も珍しくありません。身体がだるいのも、頭痛がするのも、「歳のせい」で片付けられやすいのです。

うつによる能力や気力低下に気付かれない
とりたてて仕事や役割がない、日常生活にそれほど高い能力が必要とされる機会がないといったことも、うつ病が見落とされる原因になります。主婦の場合、多少雑になっても、掃除や洗濯などの日常的な家事ができていれば、うつ病を疑われることはないでしょう。食卓に並ぶおかずの品目が減ったり、スーパーで買ってきた総菜が増えて自分で作る料理が減っても、うつ病というより、やはり「歳のせいだ」と思われがちです。あるいは、「単身だから」とか「老夫婦だから仕方がない」と、思われるかもしれません。
会社に勤めていれば、能力が落ちてきて、経理や営業など、それまでできていた仕事が明らかにできなくなったということであれば、周囲がうつ病を疑うこともあるでしょう。いまの時代、従業員が50人以上の会社では、毎年1回、ストレスチェックが義務付けられています。「職場環境が悪くないか」「ストレスの徴候が出ていないか」のチェックが行われることで、うつ病になりかけている人や、なっているのに見過ごされている人が見つけやすくなり、医療へとつながることも増えています。しかし、高齢者が単身、あるいは夫婦で暮らしている限りは、うつ病になっても、せいぜい外出が減るくらいで、一般的な日常生活はできてしまうので、病気であることが発覚しないケースがあります。
高齢者は会社に勤めていた頃のように、肉体的にきつい作業があるわけでもないし、人間関係にも気を遣わなくていいだろうと思われているので、「ストレスなんかない」と思われがちです。そのせいで、元気がなくなっても、ストレス性のものとか、うつ病の始まりかもとは思われず「歳のせい」で片付けられることが多いのです。

高齢者へのイメージや独居が発見を遅らせる
最近の高齢者は、昔と違って栄養状態が良くなっています。しかも、若い頃からのライフスタイルも、日本が豊かな国と言われるようになってからの世代ですから、いまの80歳の人は、昔の80歳の人より、心身ともに明らかに若いのです。それでも、そのくらいの年齢でヨボヨボと弱ってくると、やはり「80歳だから」と片付けられがちです。
例えば、それまで元気だった80歳の女性が、 ヨボヨボしてきてしわが目立つようになり、化粧にもおしゃれにも興味を示さなくなります。すると周囲は、「80歳だから仕方ないね」とか、「これが”80歳の壁”というものか」(このネーミングには私にも責任があるが)と、納得する人が多いかもしれません。こういったケースの場合、実は、うつ病を発症していることが結構多いものなのにです。
このように、世間の高齢者へのイメージ、つまり、古いイメージのままであることが、うつ病の発見を遅らせることもあります。さらに、一人暮らしの人が多いことも、うつ病の発見を遅らせることになります。現在、高齢者世帯の約半数が独居で、その数は約670万人と推計されています。その約5%がうつ病だとすると、それだけでもかなりの数のうつ病患者が見過ごされている可能性があることになります。
一人で暮らしていると、表情が暗くなったり、着替えをしなくなったり、食欲が落ちたりしても、それらに気付いてくれる人がいません。久しぶりに訪ねてきた親族が、変わり果てた姿に驚いて医者に連れて行ったり、最悪の場合、自殺してからうつ病だったことに気付かれるという例も少なくないのです。
孤独死というのは、多くの場合、これまで元気だった独居の高齢者が心筋梗塞などで急死するケースが多く、世間が考えるほど悲惨なものではありません。むしろ、ピンピンコロリに近いことが多いものです。しかし、独居の高齢者がうつ病で苦しんだあげく、最後は自殺で亡くなるというのは、もっとも悲惨な孤独死と言えるかもしれません。
いずれにせよ、このような形で見過ごされているうつ病が、とても多いのは確かです。前述のように、高齢者の約5%がうつ病だとすれば、200万人近くの高齢者がうつ病を患っているわけですが、おそらくその1割も、医者にかかっていないのが事実なのです。

知っていることを”思い出せない”は正常
もう一つ、高齢者のうつ病が見落とされやすい原因として考えられるのは、認知症と間違えられやすいことです。
高齢者のうつ病で比較的目立つ症状に、「記憶障害」や「物忘れ」があります。高齢で物忘れがあると、すぐに認知症と決めつけられてしまう傾向がありますが、これは一般の人だけでなく、医者にもそういう人がいることは確かです。
記憶障害や物忘れには、二つの目立つパターンがあります。一つ目は、「想起障害」といって、例えば道で会った知り合いの名前が出てこないとか、テレビに出てくる人の名前が出てこないというように、一度覚えたはずのものの出力ができない状態です。言おうとしていたことが出てこなくて、「あれ」とか「それ」で代用してしまうのも、この想起障害に当たります。こういった症状が起こると、物忘れが始まったと焦る人が多いのですが、これは認知症の物忘れとはタイプの違うものです。
一般的に想起障害というのは、書き込まれた記憶に対する上書き情報が多いから起こるとされています。また、人間の脳は、普段出力していないことは、なかなか出てこないという特性もあります。ホテルマンなどがお客さんの名前を何度も口に出すのは、それによって出力をしやすくしているという事情もあるのです。想起障害のもう一つの特色は、きちんと脳に書き込まれていることなので、その名前を聞くと「ああ、そうだった」と思い出せることです。ですから、会った人の名前が出てこなくても「山田だよ」と言われると、「そう、そう、山田さん」という風になるわけです。
例えば、何十年かぶりに長崎へ旅行したとします。昔入ったちゃんぽん屋さんの前を通ると、まだ営業していました。そうすると、「あ、この店、まだ潰れていないんだ」と、思い出すことがあります。これは、脳にちゃんぽん屋さんの画像が書き込まれていたから、見覚えがあったわけです。それまではまったく思い出したことがなくても、それは普通のことでしょう。このように、脳には書き込まれているけれど、出力できないというのは、認知症による記憶障害とは違うものです。

【記憶障害は2パターン】
一度覚えたはずのものの出力ができない「想起障害」は、心配ない物忘れ。一方、新しく体験したことを覚えていられない「記銘力障害」は、うつ病や認知症の可能性があります。

認知症と誤診される記銘力障害
記憶障害や物忘れといわれるものの二つ目が、「記銘力障害」です。老化や認知症で起こる記憶障害は、新しいことが入力できないという、この記銘力障害と言われるものです。記銘力とは、新しく体験したことを、覚えて脳に書き込む能力です。
例えば、「聞いたばかりの人の名前が覚えられない」とか「30分前に食べたものが思い出せない」「今日の日付が覚えられない」などが、これに当たります。老化でなくても、不安なことがあるなど、気がそぞろなときにもこういったことが起こります。
実は、うつ病になると、気分の落ち込みもあり、自分の具合の悪さばかりが気になり、記銘力が低下しがちです。もともとの記銘力が落ちている高齢者がうつ病を発症した場合、かなり重めの記銘力障害になることが珍しくありません。「10分前に聞いたことも覚えていない」というのであれば、認知症と間違われても仕方ないでしょう。内科の医者でも、想起障害と記銘力障害の区別はついている人がほとんどでしょうが、教科書的には、認知症の初期症状といえば記銘力障害なので、それがひどいせいで認知症と誤診されてしまうことは十分にあり得ることです。
さて、高齢者がうつ病になると、他にも認知症と似た症状が出ます。例えば、いろいろなことがおっくうになってきます。「全然、掃除をしなくなって、部屋が荒れ放題になってしまう」「下着も含めて着替えもしないようになり、毎日、同じ服を着ている」「風呂にも入らず、においがするのに気にしていない」。こんな症状が見られたら、多くの人は、「ついにボケてしまったのだろう」「認知症になってしまった」と思っても不思議はありません。
ある日、実家に久しぶりに帰省したとしましょう。前日に確認の電話を入れたのに、親が覚えていない。家も散らかり放題になっている。着替えもしていないようで、服がかなり汚れている。その上、風呂にも入っていないようで、嫌なにおいがする。こんな状態の親を見たら、誰もが認知症になったと思い、慌てて老人ホームを探すなどということになりかねません。でもそれは、うつ病でも十分あり得ることなのです。

認知症との見極めは経過をよく知ること
確かに、高齢者のうつ病と認知症は区別がつきにくいものです。しかしながら私なら、「前回、帰省したときにはしっかりしていた」と聞いた場合、まずはうつ病を疑います。なぜなら、認知症としては経過が急すぎるからです。
一般的に、高齢者の認知症の経過は、かなりゆっくりなことが多いものです。物忘れと関係する火の消し忘れなどは早期から起こるケースもありますが、日常生活に支障をきたすような状態になるまでは、5年くらいのタイムラグがあります。多くの場合、着替えをしなくなったり、お風呂に入らなくなったりするまでには、物忘れが始まってから5年以上はかかるでしょう。1年もしないうちに、着替えもしなくなり、お風呂にも入らなくなるということであれば、かなり進行の速い認知症ということになります。そういったケースは、若年性の認知症の場合にはあり得ますが、高齢者の認知症においては、かなり珍しいと言えます。
ということで、私は、認知症とうつ病を経過で判断します。
【経過をよくみることが大事】
高齢者のうつ病と認知症は、経過をよく知ることで判別できます。急激に症状が進行する場合は、うつ病の疑いが高いものです。

短い期間に、さまざまな症状が現れるうつ病
認知症は徐々に進行する病気なので、いつから物忘れが始まったかは、案外あいまいなことが多いものです。一方、うつ病は、短い期間にさまざまな症状が同時多発的に起こります。
物忘れが始まって1~2カ月のうちに、「着替えや掃除をしなくなった」「風呂に入らなくなった」などの症状が続いた場合、まずはうつ病を疑います。物忘れよりも、「着替えや掃除をしなくなる」という症状が先に始まるケースもありますが、その場合は、余計にうつ病の疑いが濃いといえます。
認知症に比べてうつ病の方が「抑うつ的な発言が多い」とか、「表情が暗い」といった差も指摘されます。実際、その通りなのですが、抑うつ的な発言はそれほどないけれど、「身体のあちこちが痛い」「最近、体調が悪い」といった身体症状や、前述のようにものぐさになる症状が目立つ人もいます。ただ、高齢者の場合、うつ病を発症していたとしても、表情が大して変わらない人も珍しくないので、やはり経過の方があてになると思います。
しかし、物忘れ外来や精神科のクリニックでは、患者さんの数が多過ぎて、経過を聞く十分な時間が取れないことが多いのが現実です。そのため、いま出ている症状や長谷川式のようなテスト(認知症の検査法で「長谷川式簡易知能評価スケール」など)、MRIのような画像検査のみを見て、うつ病なのに認知症と診断されることが少なくないようです。高齢者の場合、認知症がなくても脳の萎縮が目立つことは珍しくないので、誤診が起こりやすいのです。

誤診を防ぐためには、丁寧に初診を行う病院を選ぶ
認知症は、症状が進むほどニコニコしたり、多幸的になるケースが多く、本人の主観では幸せであることが珍しくありません。うつ病の場合は、本人がつらい思いをしていることが多いのですが、適切な治療を受ければ薬で治る可能性がかなり高い病気です。それにも関わらず、そのまま認知症として扱われるとしたら、この誤診は悲劇的なことでしょう。場合によっては、死ぬまで暗い気分で過ごすことになりかねません。
さらに、うつ病の薬(※1)を使わず、放置されるうちに、脳の神経細胞がダメージを受けて回復が難しくなったり、頭や身体を動かさないために、本当に認知症になってしまうこともあり得ます。そういう事態を避けるために大切なのが初診です。初診の際は、医者が時間をとって症状の経過を聞いてくれたり、心理士やソーシャルワーカーのような専門の人が問診をして、1時間くらいは時間をとり、「どういう症状がいつから出て、何が困っているか」を丁寧に聞いてくれる病院やクリニックで診察を受けたいものです。
※1 抗うつ薬=脳内のセロトニンなどを増やす薬などうつ病を改善する薬のこと。
認知症かうつ病か。疑わしい場合は、うつ病の薬で改善も
もう一つ重要なポイントは、年齢です。65歳以上であれば、約5%の人がうつ病とされるわけですが、認知症は若いほど少ないのです。
厚生労働省の研究班によると、65~69歳であれば、認知症の有病率は2.9%、70~74歳は4.1%で、認知症よりうつ病の方が多いのです。これが80~84歳になると21.8%、85~89歳なら41.4%で、認知症の方がうつ病よりもずっと多くなります。こういったことからも、前期高齢者の人が物忘れ症状を現すようになったら、うつ病の可能性を考えた方が賢明かもしれません。
私の場合、うつ病を疑った場合はもちろんのこと、認知症かうつ病かどちらの可能性もある場合は、試しにうつ病の薬を使ってみます。それで良くなれば、うつ病ということなので、患者さんは救われます。
さまざまな調査研究で、アルツハイマー型認知症の場合、初期には2割くらいの人がうつ状態になることが知られています。脳血管性認知症の場合も、かなりの割合でうつ状態になります。アルツハイマー型認知症の患者さんでも脳血管性認知症の患者さんでも、このときのうつ状態には、意外にうつ病の薬が効きます。そういった意味でも、まずはうつ病の薬を試してみることには、かなり価値があると思うのです。
仮にうつ病とアルツハイマー型認知症が併発していたとして、うつ病が良くなると、物忘れも日常生活動作もかなり改善します。これまで着替えをしなかった人が着替えをするようになったり、食欲が改善して元気になったりするのです。物忘れも改善するので、あまりボケた感じがしなくなることもあります。患者さんによっては、「認知症が治った」と感謝されたこともあります。ただしこの場合、実はうつ病が治っただけで認知症は残っているので、後々、物忘れや知的機能の低下が起こり、今後進行していくことは、ご家族の人に説明します。

「夜何度も起きる」「物忘れの自覚がある」は、うつ病を疑う
睡眠も、うつ病と認知症を見分ける手掛かりとなります。一般的には、うつ病の場合は、夜に何回も目が覚めることが多いものです。一方、認知症の場合は、脳の老化のせいで脳が疲れやすいためか、眠りが長くなりがちです。認知症のはずなのに、夜何回も目を覚ますならば、うつ病の薬を使う価値があると私は考えています。
うつ病と認知症の物忘れを区別する方法としては、「本人の物忘れの自覚」というものもあります。一般的に認知症の人は、特に中期以降になると、物忘れや自分の知的機能の低下に対して自覚がありません。物忘れをしていても認めなかったり、「歳をとったせいだから仕方ない」などと言います。それに対して、うつ病の人は、物忘れを悩むことが多いようです。
実際、私の外来でも、自分から「治療を受けたい」と相談に来ることが多いのはうつ病の人です。かなりの物忘れがあっても自分から治療を望むことはなく、家族に連れてこられるというパターンは、認知症の人がほとんどという気がします。ただ、初期の場合は、認知症であっても、症状を気にする人がかなりいますので、それだけで区別することは避けた方がいいでしょう。
いずれにせよ、うつ病の可能性が少しでもあるようなら、まずはうつ病の薬を試してくれる医者の方が、あてになるというのが、私の印象です。薬を飲んで、万が一、副作用が生じたら服用をやめればいいのです。特に前期高齢者の場合、認知症と決めてかからず、うつ病かもしれないと疑ってみることが必要です。うつ病の薬を使っても症状が良くならないのならば、認知症として先々のことを決めた方がいいのではないかというのが、私の長年の経験からの結論です。

うつ病と間違えられやすい、男性ホルモンの低下
高齢者の抑うつ、特に前期高齢者の抑うつの原因として、もう一つ、かなり多くみられるのが男性ホルモンの低下です。
男性にも更年期障害があることが知られるようになったきっかけは、漫画家のはらたいらさんが、この病気になったことを告白し、啓蒙のために自分の体験記を何冊も書かれたことです。しかし、まだまだ一般の人に広く知られるレベルまでにはなっていないようです。
ただ、医学の世界では、この病気への取り組みは進んでおり、治療を受けられる医療機関も増えています。現在では、正式病名を「加齢男性性腺機能低下症候群(late-onset hypogonadism(LOH)症候群)」と呼び、保険での治療も可能になっています。
アメリカでの調査では、60代の20%、70代の30%、80代の50%がこの病気にあたるレベルの男性ホルモンの低下が認められるとされています。症状が出るレベルということであれば、50歳以上の8%が該当するといわれています。
日本の場合、食生活や性生活を考えると、アメリカより、ずっと多いのではないかと私は考えています(日本には正確な統計がありません)。この病気は、はらたいらさんが経験したような、さまざまな身体のだるさや自律神経症状–集中力の低下、イライラ、ほてり、発汗、、めまい、疲労感など女性の更年期障害の症状に似たものです―の他、不眠、抑うつもよく起こるので、うつ病と間違えられやすいのです。

放置すると寿命にも関わる、男性の更年期障害
物忘れなどの認知機能低下も起こるので、認知症と誤診されることもあります。さらに、心筋梗塞など心血管疾患のリスク上昇、内臓脂肪の増加、インスリン抵抗性の悪化、LDLコレステロールの上昇とHDLコレステロールの低下などがみられます。メタボリックシンドロームの危険因子となっているので、寿命にも影響を与えます。
また、骨粗しょう症の原因にもなります。運動をして肉を食べても、筋肉がつきにくく、その分脂肪が増えるので、その後のフレイル(虚弱状態)や要介護状態につながることも珍しくありません。さらに、異性への関心がなくなるだけでなく、人付き合いもおっくうになるので、周囲の人との会話も減り、認知症のリスクにもなりかねません。
はらたいらさんは、長年、うつ病という診断を受けながら、うつ病の薬を飲んでもさっぱり症状が良くならなかったそうですが、この病気の診断後、男性ホルモンの補充治療を受けたことで、比較的速やかに回復されました。このように、男性更年期障害は、うつ病と誤診されやすい病気の一つで、高齢者にとっては、むしろうつ病よりも多い可能性があります。そう考えると、一度は、男性ホルモンの検査をしてみるのも賢明かもしれません。筋力の維持や意欲や記憶力の維持のためにも、男性ホルモンの補充は有効です。
女性の場合は、閉経後、男性ホルモンは増えることが東日本大震災後の調査で明らかになりました。女性が更年期以降、むしろ元気になったり、人付き合いが盛んになったりするのは、この男性ホルモンが増加する影響と考えられます。実際、高齢者の団体旅行の参加者に、女性がずっと多いのもこうした理由があるのかもしれません。
ということで、男性のうつ病がなかなか良くならない際は、男性ホルモンの検査をしてみることが重要です。検査の結果、値が低ければ、男性ホルモンを足す価値が十分あります。私の患者さんでも有効性はとても高く、アンチエイジングのクリニックでは、リピーターが最も多い治療になっています。

男性ホルモンの補充で、うつ病の症状改善も
うつ病の患者さんも、実は男性ホルモンの分泌が減ってしまうというケースが多くあります。そういった人に、治療で男性ホルモンを補充すると、完全には良くならないまでも、ある程度症状が改善したり、意欲が増すことがあります。そういう意味でも、男性ホルモンの値を知る検査は大切です。
一見、女性には関係ないことだと思われがちですが、女性も意欲が落ちている際などは、男性ホルモンを足すことがプラスに働くようです。私の患者さんでも、高齢になってもクリエイティブな仕事をしている人には、男性ホルモンを補充すると「意欲がわく」「頭がはっきりする」などと言われて、喜ばれています。
男性の場合は、注射で投与することが多いのですが、女性の場合は、それより量の少ない飲み薬で、十分効果を実感できるようです。
これまでも書いてきたように、うつ病やうつ状態は、元気で幸せな高齢期の敵と言えるものです。まずは、うつ病やうつ状態であることを見つけ出し、いろいろな方法でそれを改善していくのが、これからの人生のために大切だと、ぜひ知ってください。

【今回のまとめ】
・高齢者のうつ病は「歳のせいだから」と、見逃されることが多い。
・きっかけさえあれば思い出せる物忘れは、誰にでも起こる普通のこと。
・うつ病と認知症は、経過をしっかり観察することで見分けられる。
構成/寳田真由美(オフィス・エム) イラスト/たつみなつこ
この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年10月号に掲載の情報です。

<教えてくれた人>

和田秀樹(わだ・ひでき)先生

東京大学医学部卒業。精神科医。ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わる。近著『80歳の壁』(幻冬舎新書)は59万部を超えるベストセラー。他、著書多数。

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