●いじめと奴隷化のプロセスは酷似している
「〝いじめはいけない〟ということは誰もが知っていますが、大事なのは〝どれほど酷いことなのか〟を理解することです。中井先生は日本を代表する精神科医。中井先生が、いじめの被害者とアウシュビッツ(強制収容所)の被害者とが酷似していることを専門的に指摘したことは、ものすごいインパクトでした。いじめが人を支配し、奴隷化する過程であることを見事に説明しています。親御さんがいじめに対応される前提として、まずは“いじめというものがどれほど子どもの心を追いつめ、蝕んでいくのか”を知ってほしいと願い、中井先生の論文を書籍にしました」(ふじもり氏 以下同)
本のなかでは、「いじめを軽く見ることがどれくらいまずいことなのか」、「いじめとは、段階を経て人間が支配されていくプロセスである」という警鐘が鳴らされている。
「小さい時にひどいいじめを受けた中井先生は、精神医学の知見から、いじめには“孤立化・無力化・透明化”というプロセスがあると分析しています。このプロセスを親が事前に知っておくだけで、“ひょっとしてうちの子、今この段階にあるかも?”と思えるようになる。被害児童は必ず何らかの形でシグナルを出すので、いじめのプロセスを知っていれば、そのシグナルの受けとめ方が深くなると思います」
子ども側から「いじめられている」と訴えるケースは、“決して多くない”そう。
「大津市で起きた中2生徒のいじめ自殺事件では、担任の先生は”いじめでは?”と聞いていますが、被害者は否定しました。一般的には親を心配させたくない、いじめられる=恥ずかしいという思い、大人に言ってもどうせ解決しない(よりひどくなる)などから大人に言わないという子どもは多いです。逆に、子どもが“いじめられている”と大人に訴えてきた場合、いじめは相当進んでいると考えてほしい。忙しい生活のなかで、お子さんの表情やシグナルを見落とさないためにも、“いじめの深刻なプロセス”を知っておくと、その時の行動が違ってくると考えます」
もしも「いじめかな?」と思ったら、まず第一に子どもの安全と安心を考える。例え親の勘違いであったとしても、それにこしたことはないので、お母さんはすぐにアクションを起こしてほしいとアドバイスを送る。
「プロレスごっこひとつをとっても、遊びといじめでは、少し見れば違いがわかります。やられる側の子どもは目が笑っていないし、やる側も一方的です。もしもいじめられていると感じたら、お子さんの安全と安心が最優先と割り切りましょう。学校を休んでもノープロブレムですし、お母さん一人では参ってしまうので、信頼できる人に相談をしてください。学校の先生や校長先生に、”子どもがいじめられている”と告げてください。もしも違っていたら…と考えると、お母様方の心理的なハードルは高いですよね。でも、もし間違いだったら喜ばしい勘違い。勘違いかもと見過ごして取り返しがつかなくなるより絶対にいいはずです。きちんと見た上で、“これはまずい”と感じたら、失敗を恐れずに行動してほしい。周りの保護者の方から情報を得られることも多いので、“あれはいじめっぽいよ”と言われたら、やはりそこは親として、当然踏み込んでいかなければなりません」
●「いじめは乗り越えるべき試練」は大きな勘違い
親が他の保護者の顔色をうかがって我慢する必要はない。「子どもが将来強くなるためにも、いじめは乗り越えるもの」という考えは、大きな勘違いだと語る。
「“いじめは乗りこえるものだから、いい経験になるから…”という先生方もいらっしゃいますが、それは大きな勘違いだと思います。いじめは深刻になればなるほど、一人で乗り越えられるはずがないのです。人間性が壊されるプロセスを味合わせることは、試練ではなく”虐待”です。”様子がおかしいな“と思ったら、迷わず親の直感を信じた方がいい。愛する子どもとしっかり向き合っていれば、”いつもと違う“というのはわかります」
わかりやすいシグナルとしては、金品の搾取が挙げられるが…。
「中井先生の経験から言うと、“搾取は最終段階”だと言います。横浜で起きた原発によるいじめ問題も、150万円の現金を搾取されたと言いますが、金品を取られているとわかった時点で、いじめは緊急事態に陥っていると知って下さい。“奢り合いだからいじめじゃない”というのは通じません。子どもは後の仕返しが恐いので、必ず“奢ったんだよ”と嘘をつきます。金品の前段階としては“物がすぐになくなる”などいろいろありますが、取り返しがつかなくなる前に、親御さんには常にアンテナを張っていてほしいなと思います」
「こんなことを先生に言ったら、子どもが余計孤立してしまうかも?」そう心配し、気になることがあっても、我慢して飲み込んでしまうママはきっと多いだろう。だが、誰の目から見ても“いじめ”だとわかるようでは、時すでに遅し。例え自殺から救えたとしても、子どもには大きなトラウマが残ってしまう。親は自分の勘を信じて…つらい状況にいるわが子を救えるのは誰でもない、親だけなのだから。
(取材・文/吉富慶子)