「生活習慣病」というイメージが強い糖尿病ですが、かつては命を落とす病気であったようです。治療薬であるインスリンが発見されて100年が経ち、今も進歩し続ける糖尿病治療はどのように発展してきたのでしょうか? インスリンの誕生から現在に至るまでの歩みについて、国立国際医療研究センター糖尿病情報センター長の大杉満先生に解説していただきました。
監修医師:
大杉 満(国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター長)
東京大学医学部卒業。横須賀米海軍病院、ハワイ大学内科、ワシントン大学(セントルイス)内分泌・糖尿病・脂質研究科で研修及び研究に従事した後に帰国。東京大学医学部附属病院糖尿病・代謝内科、三井記念病院、東芝病院(現・東京品川病院)で勤務の後、現職。糖尿病のみならず、内分泌疾患、肥満症の臨床及び、新規治療法の開発、ホームページを通じた情報提供をおこなっている。日本糖尿病学会専門医、日本内分泌学会指導医、米国内分泌糖尿病代謝専門医。
インスリンの発見が糖尿病治療に与えた変化とは
編集部
糖尿病治療において、インスリンの発見はどのような影響を与えたのでしょうか?
大杉先生
インスリンは、1921年頃に発見されました。今の臨床試験の流れでは考えられませんが、発見されてから数ヶ月には人に投与されるようになりました。インスリンが使えるようになったことは糖尿病治療における革命的な出来事でした。
編集部
どのような点で、インスリン治療が革命的と言えるのでしょうか?
大杉先生
特に、子どもの発症が多い1型糖尿病において、劇的に効果を発揮することが報告された点です。インスリンが発見される前は、発症してから数ヶ月で命を落とすことが一般的でした。しかし、インスリンによって、1型糖尿病は「生き延びられる病気」になりました。
編集部
インスリン治療が開始された後、糖尿病治療にどのような変化がありましたか?
大杉先生
インスリン治療が開始されてから約70年の間、利用可能な飲み薬はわずか3種類程度しかありませんでした。治療方法は限られていた影響もあり、1970〜80年代には糖尿病の合併症に対する治療が課題になりました。患者さんの多くが苦しむ合併症に対して、治療基準や目安が不明確で医師も手探りで治療をおこなっていました。
インスリン治療が普及しなかった背景とは?
編集部
なぜ、それほど合併症が増えたのでしょうか?
大杉先生
当時はインスリン治療を嫌がる患者さんが多くいらっしゃったというのが一つの理由のようです。身近な人の中で、「インスリン治療を始めた人が失明や透析、足の切断を経験した」という噂が広まり、インスリン治療を恐れる人が多くいたようです。また、インスリンの投与器具なども現在に比べれば不便であったことも治療の遅れにつながったと考えられます。
編集部
なぜそのような状況が生まれたのでしょうか?
大杉先生
背景として考えられることは、1950〜80年代は飲み薬の選択肢が少なく、薬だけでの血糖コントロールが難しいという点です。そのような状況のなか、インスリン治療を開始する前に合併症が進行してしまい、インスリン治療を始めた頃にはすでに合併症が重症化してしまっていたのではないかと思われます。
編集部
一般の方に正しい情報が伝わっていなかった時代なのですね。
大杉先生
結果的にインスリン治療を開始した後で透析や足の切断が必要になることで、インスリンが合併症を悪化させたという誤った情報が広まり、そのような情報を見たり聞いたりした人々がインスリン治療を避けるという時代でした。
配信: Medical DOC