【思春期チック】試験中に声が出てしまう少年

第2回 わが子の受験期を襲う「思春期チック」って何?
幼少期に発症し成長するにつれて症状が落ち着くといわれるチック。だが、中・高校受験期に症状が出る「思春期チック」の存在を知っているだろうか。受験などストレスが誘因となり再発することがあるという。「日本トゥレット(チック)協会」理事の新井卓医師に教えてもらった。

●試験中に声が漏れ自己嫌悪に

「いいか。お前たち、集中して静かに試験を受けるんだぞ」

静寂な教室に男性教師の声が響いた。受験を控えた中学3年生の生徒たちは、必死に模擬テストの用紙をにらんでいる。聞こえてくるのは、ペンを走らせる音だけだ。 突然、小さな声が聞こえてきた。

「うぅ、うっ、うぅ」

声の主は、伊藤将司(仮名)くん。クラスメートたちがけげんな顔でこちらを見ている。

「おい。静かに」

教師の注意が飛ぶ。

慌てて口をふさぐが、声を抑えるとムズムズして心地が悪い。

「うぅ、うっ」

また、声が漏れた。すると気分はすっきりするが、自己嫌悪に陥る。原因は分かっている。小さい頃に出たチックからくるものだ。しばらく落ち着いていたが最近、症状が出てしまうのだ。

「日本トゥレット(チック)協会」理事でもあり、神奈川県立こども医療センターで児童思春期精神科・部長を務める新井卓医師はこう解説する。

「出してはいけない場所で逆に声が出てしまう。典型的なチックの症状です。この男児の場合、男性教師による『静かに』という声かけでさらに緊張が高まったのかもしれません」

ひと口にチックといっても症状は多岐にわたる。目をパチパチさせる、鼻をクンクン鳴らす単純な動作から、首を振る、「あっ、あっ」と突然声を出すなど、日常生活では少し目立つこともある。

チックとは、3歳から10歳の間に発症し、成長に従い症状は落ち着く。そんなイメージが強い。しかし、新井医師によれば、思春期に突然発症する人もまれにいる。また、一旦治まっていた症状が、受験が誘因ストレスとなり、ぶり返すことは珍しくないという。将司くんの母親の美津子さん(仮名)は、本人の様子を医師にこう説明している。

「将司は昔から落ち着きがないところはありました。それでも、発達に問題があると指摘を受けたことはありません」

【思春期チック】試験中に声が出てしまう少年

●投薬の効果で症状も沈静化

異変が起きたのは小学校に入学した年の秋だ。将司くんは、意味もなく頭を左右に振ったり、咳を繰り返すようになる。せきが「うっ、うぅ」という“発声”に変わるのに時間はかからなかった。専門医の診察でチックと診断され、定期的な通院で様子を見ることにした。

小学校高学年になると、発声のボリュームが大きくなった。自宅だけだった発声は、学校でも出るように。改善が見られないまま、将司くんは中学生になった。成績は優秀だったが、悩みは深くなった。授業中だけでなく試験を受けるたびに、声が出るのだ。担当医の勧めで、将司くんの両親はチックの診断書を学校に提出。幸い学校の対応は柔軟で、試験時には別室で試験を受けるよう措置をとってくれるようになった。

投薬治療の効果もあったのか、自宅以外での症状は落ち着いた。高校生になると症状はだいぶ治まり、今は投薬の量も減っているという。

(取材・文/永井貴子)

お話を聞いた人

新井 卓
新井 卓
神奈川県立こども医療センター児童思春期精神科
NPO法人「日本トゥレット(チック)協会」理事、神奈川県立こども医療センター児童思春期精神科の部長。児童思春期の子どもの治療に携わりながら、チックの正しい知識の普及に務める。 
NPO法人「日本トゥレット(チック)協会」理事、神奈川県立こども医療センター児童思春期精神科の部長。児童思春期の子どもの治療に携わりながら、チックの正しい知識の普及に務める。