■肩こりは日本人にしかない?
「肩が凝る」経験をした人は多いと思います。
なぜ肩が凝るのか?
どうしたら肩こりは解消できるのか?
ということを知りたい人が、このコラムをご覧いただいていると思います。
鍼灸医学を研究する日本最大の学会である「全日本鍼灸学会」で、1990年代から2000年代にかけて約10年間、研究委員会臨床部門肩凝り班がありました。筆者は最後の2年間肩凝り班の副班長という立場で、班長とともに肩こりについての総括をしました。
詳細な研究データは、学会誌に掲載されていますが、それを読んでいると肩が凝るかもしれません。
「肩が凝る」という表現は、夏目漱石が書いた『門』 にある「指で押してみると、首と肩の継ぎ目の少し背中へと寄った局部が、石のように凝っていた。」が最初とされているように、日本人固有の症状と考えられています。肩こりは医学用語ではなく俗称です。
筆者が1985年に中国で留学していた際、中国人は肩が凝らないと聞いて驚いた記憶があります。当時の留学生に聞いても欧米人は肩が凝らないと言っていました。ところが、日本にいる中国人や欧米人は、肩が凝るようです。とても不思議な話です。その後、100回以上海外へ行き鍼灸治療に関する研究を重ねて来ましたが、肩が凝るという話になったことはありません。話を聞いていると、肩は張るようですが、日本人が感じる肩凝りとは少しニュアンスが異なる印象です。肩凝りを主体とした大規模な英語の研究論文は見当たりません。
当時「肩こり」を表す英文訳は、『和英医学用語大辞典』にshoulder discomfort、shoulder stiffness、stiff shoulderという国際疾病分類 〔ICD. WHO〕 に基づく訳語が掲載されていました。『医学用語辞典』にはstiff=こわばった・硬い、stiff shoulder=肩凝り stiffness=硬直・こわばり、stiffness of neck(=stiff neck)=項部硬直という肩こりに関連した説明があり、『医学大辞典』はshoulder discomfort=肩の不快感 という訳語で表していました。研究班は「こわばり」で用いられる「stiffness」を使って「Shoulder Stiffness」と命名しました。現在、この用語が浸透しているかは疑問ですが、そもそも欧米人には縁遠く、命に危険を及ぼす症状ではないので、悩んでいる人は多いものの、真剣に研究されているとは言いがたい症状・分野と言えます。
近年は、肩こりの要因として、パソコン作業が挙げられます。コロナ(COVID‐19)感染症の影響で、世界中の生活様式がインターネットを中心とした生活に変化しました。もしかしたら、日本式の肩こりが増えているかもしれません。
■肩こりの原因はなに?
全日本鍼灸学会研究委員会臨床部門肩凝り班では、様々な角度から検証しました。肩凝りの定義は、『医学大辞典』等によると「自覚的に頸部、肩甲上部、肩甲部、肩甲間部に不快感、自発痛、軽い運動痛があり、他覚的にはこれらの筋を触診すると、異常に緊張し、特定の部位に圧痛点ないしこりを生じているもの」と考えられていますが、原因を特定するまでには到りませんでした。
40年以上の臨床経験から鑑みると、肩こりは、精神疲労と肉体疲労の両方で発症します。
個人的な意見ですが、
1.精神疲労は日本人の忖度する習慣
2.肉体疲労は労働時間の長さ=睡眠不足
が背景にあるのではないかと思います。
(1の私見)日本人には、気遣いができる「おもてなし」文化があります。しかしながら、精神活動が過多になると肩の周囲が血行不良になり、筋肉にこわばりが出てきます。現代社会は、パソコン作業が大きな原因の1つと考えられます。
(2の私見)日本人は勤勉です。そのため、労働時間は長く、休みをあまりとらない民族と言えます。その結果、先進国では最も睡眠時間が短くなっています。睡眠不足は肝臓の回復にも影響します。肝臓は、筋肉の働きに関与していますので、結果的に肩周囲の筋肉疲労回復に影響します。
精神疲労による肩こりは、肩に触っても凝っていないという態様です。対人関係で疲労している人は、肩がずっしり重くなり、痛みを伴うこともあります。
肉体疲労による肩こりは、肩に触ると筋肉が硬くなっているという態様です。長時間肉体労働をすると、筋肉が張っている感じを持ちますので、揉みほぐしたくなります。
ただ、一般的には精神と肉体疲労の両方が混在している場合が多いので、日によって肩こりの態様は異なるかもしれません。
上記以外で考えられる肩こりは、病気または外傷が原因です。
配信: JIJICO