「免疫チェックポイント阻害剤」とは 坂口氏の発見がもたらした臨床革命
編集部
坂口先生の発見が、どのようにして新しい治療法の開発につながったのでしょうか?
大須賀先生
制御性T細胞の働きがわかったことで、制御性T細胞を含めた免疫へのブレーキを抑える薬剤の開発へとつながりました。制御性T細胞やほかの免疫抑制をする細胞の表面には、「CTLA-4」「PD-1」などの免疫細胞をブロックするのに大事な働きをしているタンパクが出ていて、これらをブロックする薬、いわゆる「免疫チェックポイント阻害剤」で抑えられることがわかりました。編集部
免疫チェックポイント阻害剤について教えてください。
大須賀先生
この発見はジェームズ・アリソン博士や本庶佑先生の功績で、こちらも2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。免疫を抑えつけていた”足かせ”を一時的に外して、再びがんを攻撃できるようにする薬です。警察本部の指揮官への命令を一時的に停止する特別措置のようなものですね。坂口先生の発見は免疫制御の理解を深化させて、免疫抑制機序を外す薬の開発へとつながっています。編集部
実際にどんな効果が見られたのですか?
大須賀先生
メラノーマ(悪性黒色腫)や肺がんなどで、これまで治療が難しかった進行がん患者さんが長期生存できるようになりました。例えば、進行メラノーマ患者さんの5年生存率は、従来の5〜10%から約40%まで改善しています。治らないとされていたがんが「慢性疾患としてともに生きる病」に変わりつつあります。坂口先生の発見が基盤となって、手術・放射線・抗がん剤に次ぐ”第四のがん治療”の扉を開いたのです。編集部
一方で、副作用もあると聞きます。
大須賀先生
そうですね。免疫チェックポイント阻害剤は免疫のブレーキを外すため、免疫が正常な臓器への攻撃を誘引してしまうことがあります。肺炎や大腸炎、肝障害、甲状腺機能障害などの副作用が代表的です。つまり「免疫を強めること」と「制御すること」は常に表裏一体なのです。坂口先生の発見は、免疫のバランスをどう取るかという課題も同時に突きつけています。編集部
すべてのがん患者さんに効果があるわけではないのですか?
大須賀先生
残念ながら、免疫チェックポイント阻害剤はすべてのがん患者さんに効くわけではありません。しかし、坂口先生の発見は「なぜ効く人と効かない人がいるのか」を理解する土台となり、より良い治療法の開発へとつながっています。制御性T細胞の数や働きを調べることで、治療効果を予測する研究も進んでいます。編集部まとめ
坂口先生による制御性T細胞の発見は、免疫学における大転換点であったということです。免疫は攻撃と防御だけでなく、常に「抑制」との均衡で成り立っている。その原理を示した功績は、がん免疫療法の基礎を築いただけでなく、自己免疫疾患やアレルギー、臓器移植など多くの分野に影響を与えています。がんという”体内の犯罪組織”に立ち向かう医療の現場では、今も坂口先生の発見が生きています。免疫のブレーキとアクセル、その絶妙な調整こそが、これからの医療の鍵になるでしょう。坂口先生の研究は、「見えないものを見つける」という基礎研究の重要性を示しています。患者さん一人ひとりに最適な治療を届けるために、免疫の仕組みをさらに深く理解する研究が、今日も世界中で続けられています。

