そんな宇垣さんが映画『DREAMS』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:17歳のヨハンネは新任の女性教師・ヨハンナに心を奪われる。初めての感情に気分は高揚し、目が合うだけでまるでこの感情を見透かされたような感覚に陥る。1年後、自らの初恋を誰かに共有しようと詩人である祖母に手記を見せるヨハンナだったが、事態はそこから思わぬ方向へと展開していく……。今年2月のベルリン国際映画祭で金熊賞を獲得した話題作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です)
一度知ってしまったら、もう元には戻れない
知らなかったらずっと欲しがらずにいられたのに。例えば香水や本、ふかふかのベッドに美味しいケーキ。それらがなくたって生きていける。でも、一度知ってしまったら、もう元には戻れない。されど、経験によってもたらされた悲しみや痛みは人生を鮮やかに彩る。知らないでいた凪いだ日々より、知ったことで訪れた嵐のような毎日のほうがずっとずっと美しい。だから、恋を知ってしまったヨハンネの世界は、痛みにまみれようときっと豊かになったのだと、思う。
女性教師のヨハンナに恋した17歳のヨハンネは、その一部始終を手記にしたためた。秘密にしておきたい気持ちと誰かと共有したい気持ちという矛盾した思いにかられ、祖母にその手記を見せたところ、それは母も知るところとなり、それぞれの価値観を元に恋について語り始める。
どうにもならない無気力さはやがて怒りへと進化
もう戻れ得ぬ真っ白だったあの頃よ。けれど、この痛みをなかったものになどしたくないと、全てを手放したくなんかないと、貪欲に筆をとるヨハンネの衝動は、長年日記を書き続けたものとして、痛いほどよくわかる。さらに書き残し語ることを選べる者の身勝手さやそこに宿らざるを得ない恣意性、手元を離れどんどんと違うものへと変容していく怖さからも、この作品は目をそらさない。
初恋は眩しく楽しく瑞々しい一方で、暴走する思いは己も苦しめ、どうにもならない無気力さはやがて怒りへと進化していく。

