かつて文豪が理想郷をつくろうとした村が、九州の山奥にある。
金や暴力にまみれた世間から離れ、「自他共生」の世界を追い求めようとした"村人"は、いまや実質的に一人を残すのみだ。
その人物はどんな生活を送り、現代社会をどう見ているのか──。長年気になっていたその村を訪ねるため、宮崎の山の中へと向かった。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「ついて来る?」山中の水源まで同行することに
「安定した仕事には絶対につかない。おもしろくなきゃダメ。自分のやりたいことをできる自由が大事なの」
宮崎県木城町(きじょうちょう)にある「新しき村」の住人、松田省吾さん(82)は、田んぼに水を引く溝を整えながら話す。
山に囲まれた広大な土地には田畑が広がり、自ら建てた家や小屋が並ぶ。近くでは放牧された豚が泥まみれになって動き回っていた。
「今日はちょっと水源を見に行こうと思ってるけど、ついて来る?」
田んぼや生活に必要な自家用水を山から引いており、40年前につくった取水ダムの様子を定期的に確認しているという。松田さんはスコップを片手に、標識もない山道へと入っていった。

●「ここまで記者が来たのは初めて」泥だらけに
慌てて後を追うが、前日までの雨で斜面はぬかるみ、足を滑らせば谷底に転げ落ちかねない。ロープや木の根を頼りに慎重に進み、約30分後、ようやく取水ダムに到着。写真を撮る余裕もなく、靴も手も泥だらけになった。
「ここまで記者が来たのは初めてだよ」
松田さんは笑いながら、山水が溜まる場所に備え付けられた管の周囲に溜まった泥や葉っぱを取り除き始めた。台風や大雨で土砂が流れ込み、水が止まることもある。一方で、雨が降らない日が続き過ぎると、生活水が枯れる。
「ここは多くの人が住める場所じゃない。本当に好きじゃないとできない。でも自分で望んでやっていることが大事なんだよね。僕にとっては普通の生活だから、寂しさはまったくない」


