「ルール」と「マナー」の永遠の対立
国土交通省のガイドラインでもベビーカー優先が推奨されている通り、移動困難者の円滑な移動を保障することは社会的な責務です。今回の論争の対立点は、大きく「ルール(権利)」と「マナー(態度)」の二点に集約されます。
ベビーカー擁護派は「ルール(権利)」の徹底を主張し、安全のためにも施設の改善を求めています。対する他の利用者(批判派)は、ベビーカー利用者側の「マナー(態度)」の欠如を問題視し、相互の思いやりを訴えています。
ベビーカー利用者が「優先」の権利を行使する際も、譲ってくれた人への「ありがとう」の一言は、社会の分断を防ぐ重要なマナーです。同時に、エレベーター以外の手段で移動可能な利用者も、ベビーカー利用者がエスカレーターを使えないという安全上の現実を理解し、「お互い様」の精神を持つことが求められます。
論争を終わらせるには?
この「優先」をめぐるマナーとルールの論争が繰り返される中で、根本的な解決策とされるのが「専用エレベーター」の増設です。
その好例が、東京・渋谷にある「渋谷スクランブルスクエア」の取り組みです。この施設では、ベビーカーや車いす利用者、およびそれに準ずる人を対象とした「専用」のエレベーターを複数設置し、一般利用者の利用を明確に区別しています。
しかし、このインフラ整備による解決策は一歩前進ですが、車いすユーザーである作家の乙武洋匡氏は、「専用」と明記されていても、課題は山積みであると、すでに2023年2月には指摘しています。
乙武氏は自身のX(旧ツイッター)などで、渋谷スクランブルスクエアの「専用エレベーター」について、
「“専用”と書いてあっても、エレベーター以外の手段で移動可能な方々で満員。見送らざるを得ないことが日常化しています。『専用』と書いてもダメなら、いったいどうしたら……」
と、本来の利用者が乗れない現実を報告しています。
これは、インフラが「専用」化されても、ルールやモラルが追いついていない現実を示しています。「専用」という言葉が、エレベーター以外の手段で移動可能な人々に「自分たちには関係ない」と受け取られ、結果としてエレベーターの利用を強く求める人々(車いすやベビーカー利用者など)と、それ以外の利用者との間に、かえって「分断」を生んでしまっているのではないかという、根深い問題を示唆しています。
「子育てしやすい社会」の実現には、ルール整備だけではないことがこの「子持ち様論争」が示唆しています。「お互い様」の精神を持つことが、この論争を終わらせるための鍵となりえるのでしょうが……。
(足立むさし)

