広重の「名所江戸百景」を意識して制作。作品の一部をトレースも。
歌川広景 江戸名所道戯尽 三 浅草反甫の奇怪
歌川広重の「名所江戸百景」が制作されたのは、1856年2月から1858年の10月、数え60〜62歳の頃でした。しかし1858年9月に病気で世を去った広重は、全点の刊行を見ることはなかったと言われています。一方、広景の「江戸名所道戯尽」が刊行されたのは、広重の最後の刊行が終わってから僅か3ヶ月後。よって広景が広重の作品を意識していたことは十分に考えられます。
歌川広景 江戸名所道化尽 廿七 芝飯倉通り
また構図や描写においても、広景は広重作品の一部をトレース。基本的なレイアウトも一致している上、落款についても広景は広重の筆跡をかなり模倣しているとされています。現代の観点からすれば盗作とも受け止められかねませんが、そもそも江戸時代の浮世絵師は、他の浮世絵師の作品を模倣することに対し、さほどタブーの意識はなかったようです。
二代歌川広重の作品20点も同時に公開!
歌川広景 江戸名所道戯尽 三十六 浅艸駒形堂
太田記念美術館では、2017年以来、8年ぶりに「江戸名所道戯尽」全50点を一挙に公開。同館のSNSに投稿されて話題となった作品から、まだ知られていないレアな作品まで、広景のユーモラスな世界を思う存分に堪能できます。
二代歌川広重 東都三十六景 高輪海岸
さらに広重のもう一人の弟子である二代歌川広重の作品20点も同時に公開し、広重一門の多彩な世界を味わえる貴重な機会が実現します。
どのような人物であるか、その正体も定かではないものの、時代を超えて現代の私たちの心をとらえてやまない歌川広景の「江戸名所道戯尽」。あなたも『お笑い江戸名所』で、江戸の人々が見た風景と笑いのセンスに触れ、浮世絵のもう一つの魅力を再発見してみてはいかがでしょうか。
※参考文献:「ヘンな浮世絵 歌川広景のお笑い江戸名所」 コロナ・ブックス(平凡社) 監修:太田記念美術館、著:日野原 健司
