認知症を患う祖母との日々の中で「忘れられる悲しみ」と「それでも続く日常」の狭間で揺れていた筆者知人のA子。彼女はある出来事をきっかけに「忘れる」ということの意味を、少し違う角度から見つめ直すようになったといいます。
「どなたか存じませんが」と言われる日々
90歳になる祖母は、施設で穏やかに暮らしていました。私が母と会いに行っても、もう私たちのことは覚えていません。
「どなたか存じませんが、ご親切にありがとうございます」
そう丁寧にお礼を言う祖母の姿を見るたび、胸がきゅっと締めつけられました。
最初のころは「おばあちゃん、孫のA子だよ」と何度も伝えました。でも、祖母は困ったように笑うばかり。
そのうち、私も他人として話すようになっていきました。そのほうが、祖母にとっても穏やかでいられる気がしたのです。
葬儀で流した涙
そんなある日、祖母の娘である私の叔母が亡くなりました。葬儀の日、祖母は車椅子で会場に来ました。最初は、ただ静かに周りを見ているだけ。
けれど、棺の前まで進んだ瞬間、祖母の表情が変わりました。
「◯◯(叔母の名前)! ◯◯!」
娘の名前を何度も呼びながら、祖母は声を上げて泣いたのです。
誰のことも思い出せなくなっていた祖母が、娘の顔を見た瞬間、まるで全てを取り戻したかのように。母としての深い愛情が溢れ出たその瞬間、私は思わず目頭が熱くなりました。

